家に御礼状が届いていた 昨年担当させてもらった受講生からである この私もときに有頂天になってはいまいか 昨日のブログでご質問があったので補足させていただくと有頂天とは禅語のひとつ「なにかに没頭して思わず我を忘れているからこそ有頂天になる だからそれは長くは続かず、あくまでも一時的な喜びにすぎない」そして、忙しさを理由に大切な方へのお礼を欠いてはいないだろうか・・・ 朝から、粉雪 やわらかいうちに向こう三軒両隣の雪搔きを終えて、冷たくなった手を温めながら書棚から向田邦子の「父の詫び状」を手に取る 読むというよりもう何十回も読んでいるので、温かな手に触れるような、安まる本のひとつである あんなにも手を繋ぎたがってたモンスターがこのところひとり歩き始めてそれも大変という娘の電話に昔をおもふ 幼いころの貴女もそうでしたよ そしてこの私も、よく父と手を繋いだと記憶する 父の最期のときに握りしめた手は、まだ温かかった ひとの手の温もりというのは、ずっと抱えていた不安な何かを拭い去る不思議な力を持っている・・・そんなことを感じ「おとうさんの手」という題で作文に認めたこともあった 遠い昔のことである 昨晩の小野さんの話 彼は小学校5年生の時に両親を亡くし親戚のおばさんに育てられたそうな 寂しいときは歌が救ってくれた 中学で合唱部に入る 高音の持ち主だった彼はコンクールの独唱に選ばれたがどうしても歌えない歌があった それは課題曲「白いカーネーション」 亡くなった母を慕う歌詞が歌えない それから何十年も歌を避けて生きてきた 転機は結婚し3人の子供たちに童謡を歌ってあげたときのこと 自分には歌が大切だったと、そしてこの年齢になって漸く気持ちの整理がついたのだと気づく それまでずっと仕舞っておいてた「白いカーネーション」を小声で口づさんでくれた 隣でじっと黙していた津志田さん わたしも初めてオリジナルCDを作ってみたんです~と徐に出してきたのは、娘さんが大好きな「平井堅」 アンディも、昔よく聴いたという古内東子のファーストアルバムを流してくれたり・・・素敵な夜だった 書も音楽も、そして美しい景色もみな その美しさに遠い記憶を辿り、映しだした自分のこころに酔うのだろう 誰しも何かを抱えて生きているから 挫けそうな時にそっと救ってくれる思い出に、いつしか御礼状を認めたいものである