中山大三郎氏と「人生いろいろ」の歌碑除幕式に出席した島倉千代子さん(02年10月24日)
◇島倉千代子さん死去
島倉さんは、戦後の日本の歌謡界で長く第一線で活躍した。1989年に亡くなった美空ひばりさんとともに、ヒット曲を連発した。艶(つや)やかで天才肌のひばりさんに対して、控えめでいて可れんな歌声は多くのファンを魅了した。ライバルでもあったが、ひばりさんとは「姉さん」「お千代」と呼び合う仲だった。
歌手デビューは1954年だから、足かけ60年の歌手生活だった。島倉さんの名が世に知られたのは、1957年、19歳で「東京だョおっ母さん」が150万枚の大ヒットになったことからだった。
以後、55年「この世の花」「りんどう峠」、57年「逢いたいなァあの人に」の大ヒットで、その年紅白歌合戦に初出場を果たす。紅白には合計35回出場し、うち1回大トリを務めた。
コンスタントにヒットを飛ばし、61年「恋しているんだもん」66年「ほんきかしら」83年「積木くずし」などなど。87年には「人生いろいろ」が大ヒットし、のちに小泉純一郎首相が国会答弁でも使うほどの流行語にもなった。
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