なぜ、あの人は「稼ぐ力」があるのか? 1万分の1の存在になる方法 | ビジネス人間学




 「稼ぐ力」――。このフレーズが注目を浴びそうである。



 アベノミクスの新たな成長戦略(日本再興戦略 改訂2015〈素案〉)の中で、この「稼ぐ力」というフレーズが何度も登場しているが、一体どういったものなのか。

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 素案には、具体的な「稼ぎ方」がいくつか紹介されている。例えば「IoT・ビッグデータ・人工知能時代」。「あらゆるものがインターネットに接続し、サイバー世界が急速に拡大している」ので、このままでは国際競争力に負けてしまう……とかなんとか書いてある。要するに、手をこまぬいていては、諸外国に負けてしまいますよ。いまは絶好のチャンスなので、新しい事業に取り組んでくださいね、といったことを指摘している。



 「スピード感ある大胆な挑戦に踏み切るかどうかが勝敗を分ける鍵」などとも書かれているが、現場で働くビジネスパーソンにとっては“自分ごと”として受け止めることは難しい。明日から……いや、今日から「稼ぐ力」を高めるには、どうしたらいいのか。



 そんなことを考えていたら、リクルートでフェローとして活躍し、その後中学校の校長を務めた藤原和博氏が、ビジネス・ブレークスルー大学(BBT大学)で「稼ぐ力」について講演することを聞いたので、当日“楽屋”を訪問することに。



 「稼ぐ力」がある人にはどのような共通点があるのか。一方「稼ぐ力」が乏しい人たちには、どのような傾向があるのか。また「稼ぐ力」がない人たちは、どのようにすれば「稼ぐ力」を養うことができるのか。そんな話をうかがってきた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。



●キーワードは「希少性」



土肥: 「稼ぐ力」というキーワードが、注目され始めました。この言葉を聞くと、多くのビジネスパーソンは「じゃあ、資格を取得したらいいのね」とか「英語力を高めるために、TOEICの点数を上げればいいのね」とか「プレゼン力を高めるために、Powerpointをうまく使えればいいのね」と思うかもしれません。



 もちろん資格を取得したり、ExcelやPowerpointを使いこなしたり、コミュニケーション力をアップさせることは大切。でも、そうしたことって、これまで散々言われてきたことですよね。会社、学校、親だけでなく、雑誌の特集などでもよく取り上げられていたりして。これからのビジネスパーソンにとっては何か違うことが必要かなあと思うのですが、いかがでしょうか?



藤原: キーワードは「希少性」だと思っています。



土肥: どういう意味でしょうか?



藤原: 例えば、オリンピックのメダリストになるのには、計算したところ100万人に1人くらいなんですよね。その100万人の中の1人になれば、年収1000万円以上どころか、人によっては億単位で稼いでいます。



 2014年に開かれたソチオリンピックで、フィギュアスケートの羽生結弦さんは、金メダルを獲得しました。羽生さんの年収は1000万円ではなく、億単位で稼いでいるかもしれません。1億円、2億円稼ぐことができるからといって、フィギュアスケートの世界で勝負しますか? いまから練習して、彼に勝つことができますか? 



土肥: 無理。



藤原: お笑いの世界ではどうでしょうか。30~40代のビジネスパーソンが、いまからお笑いを勉強して、ビートたけしさんや明石家さんまさんに勝つことができますか?



土肥: 無理、無理。



●21世紀は「成熟社会」



藤原: その世界で第一線で活躍している人に勝つことはハードルが高いといった話ではなく、不可能と言ってもいいでしょう。ただ、世の中のルールが変わったので、戦い方を変えることができるのではないでしょうか。



土肥: どういう意味でしょうか?



藤原: 20世紀は高度経済成長を経験した……いわゆる「成長社会」でした。そして、21世紀の今は「成熟社会」になりました。



 「成長社会」と「成熟社会」がどういう意味なのか、詳しくご説明しますね。成長社会が終了したのは1997年。このとき何が起きたのか。バブル経済が崩壊し、その影響を受けて山一證券、北海道拓殖銀行が経営破たんしました。翌年には日本債券信用銀行、長期信用銀行が破たんしました。いわゆる金融危機が起きたわけですが、それまでの日本は“みんな一緒”という感覚が一般的でした。大きいことはいいこと、安いことはいいこと、といった感じで、必ず「正解」があったんですよね。



 その正解をできるだけ速く、そして正確に答える人が勝ち。なので、日本の教育は戦後一環して「情報処理力」を求めていたんですよ。情報処理力とは何か。ジグソーパズルに例えて、ご説明しますね。ジグソーパズルには、ミッキーマウスとか大阪城などの絵が描かれていて、いわば完成品が与えられている。そして1枚の絵がばらされていて、いくつかのピースで再び組み立てなければいけません。



 ピースは1000とか2000とかありますが、各ピースには“正解”がありますよね。日本の教育はこのジグソーパズルのように、できるだけ速く正解のピースをみつけて、ひとつの絵を完成させる作業を鍛えてきました。そしてどういうことが起きたのか。欧米に追いつくことができたんですよね。ここまで言うと想像できた人もいらっしゃるかもしれませんが、ジグソーパズルに描かれていた絵は、米国のライフスタイルだったわけですよ。



土肥: なるほど、なるほど。



●いまの時代は「情報編集力」が必要



藤原: その米国的なライフスタイルは、1980年代にほぼ手にすることができました。そして、日本には次の絵が必要でしたが、どの政治家もその絵を描くことができませんでした。バブル経済がはじけて、10年、20年が経っても描くことができず、沈滞が続きました。いまでもうまく描けていない部分があるのではないでしょうか。



土肥: 次の魅力的な絵を描くことができなかったのは、政治家だけの問題ではないですよね。



藤原: はい。自民党だけが悪かったわけでも、民主党だけが悪かったわけでもありません。官僚も次の絵を描くことができませんでした。なぜか。彼らは正解がある情報処理力は高いのですが、情報編集力が低いんですよ。



土肥: 情報編集力とは何でしょうか?



藤原: 先ほど20世紀は「成長社会」、21世紀は「成熟社会」という話をしました。成長社会のときは正解が必ずあって、それを速く正確に答える人が勝ち。一方の成熟社会は正解がひとつではなく、自分自信で世界観をつくらなければいけません。なにが問題なのか、どこに問題があるのか。そうしたことは人から与えられるのではなく、自分で設定しなければいけません。



 また自分が納得し、他人も納得するような解でなければいけません。そのためには、知識・技術・経験などを組み合わせて、情報を編集しなければいけません。



土肥: 20世紀の教育はジグソーパズルのようだ、といった話をされました。ということは、21世紀は……。



藤原: レゴ型ですね。ジグソーパズルと違ってレゴはブロックの種類が少ない。ただ、組み合わせることで宇宙船をつくることができますし、動物園をつくることもできますし、街全体をつくることもできます。いま私たちが生きている社会は、この情報編集力が必要になっているのではないでしょうか。



●100人の中で1人の存在になるには



土肥: 少し話を整理させてください。稼ぐ力を身につけるために、冒頭で「希少性」の話をされました。



藤原: 希少性を発揮しなければ、稼ぎを高くすることはできません。簡単にいえば、需給の関係。仕事の稼ぎは需給の関係から逃れることができません。需要がたくさんある市場で、供給が少なければ稼ぎが上がる。また、需要がそれほどない市場でも、供給側が1人しかいなければ稼ぎが上がる。例えば、小さな島で人口がものすごく少なくても、医者の免許を持っているのが1人であればその人は稼ぐことができますよね。



 大きな需要があるところで、複数の人がいる分野を狙うか、一定の需要があるところで、たったひとりの分野を狙うか。ただ、どちらを狙うにしても、ひとつの分野で100万人に1人しか生き残れないのであれば、生き残るのは難しい。99万9999人が生き残ることができませんからね。



 冒頭でも申し上げましたが、フィギュアスケートの世界でいえば、羽生さんに勝つことは難しい。お笑い芸人の世界でいえば、ビートたけしさんや明石家さんまさんに勝つことも難しい。ではどうすればいいのか。“掛け算”をしてみてはいかがでしょうか。



土肥: 掛け算? どういう意味でしょうか?



藤原: 100万人の中で1人の存在になるのは難しいですが、100人の中で1人になるのはそれほど難しくありません。例えば、営業、販売、経理、財務などの世界で、100人の中で1人の存在になるのは、1万時間くらいあればなれるでしょう。もちろん、運だけでその存在になることはできません。1日6時間その仕事をやると、だいたい5年で1万時間になる。



 少し厳しい言い方になりますが、30代半ば以上で何かの分野で100人の中の1人になれていなければ、その人は怠けていたのかもしれません。流行りの分野にぴょんぴょん目移りして、結局、自分の身に付いていないのかもしれない。



土肥: うう……(自分のことか!? 次の取材は全く違うテーマだし)



●「希少性」が生まれた瞬間



藤原: 話を戻しましょう。営業であれば、1万時間経験を積むと100人の中で1人の存在になることができます。それでは、1万人の中ではどうでしょうか? なれないことはないですが、ものすごく難しい。では、どうすればいいのか。さらに営業のスキルを磨いて1万人の中で1人の存在を目指すこともいいのですが、ここで掛け算をしてみてはいかがでしょうか。



 左足の軸足が決まったら、次は右足の軸足を決めるといった感じ。営業で100人の中で1人の存在になることができれば、次は販売で1人の存在になればいい。例えば、25~35歳の間にある分野で100人の中の1人になることができれば、次はその近い分野で、100人の中の1人を目指す。そうすると、営業と販売ができる存在になったり、財務と経理ができる存在になったり、広報と宣伝ができる存在になることもできる。多くのビジネスパーソンは、意識的にこのことをやっていないんですよね。



土肥: そりゃあそうですよ。営業成績がトップなのに「次の異動先は販売ね、よろしく♪」なーんて言われたら、ショックですよ。



藤原: 仕方がなく異動……と受け止めるのではなく、そこは「戦略的」に考えなければいけません。営業で100人の中で1人の存在、販売で100人の中で1人の存在になれば、100分の1×100分の1で、1万人の中で1人の存在になることができる。100万人の中の1人になるのはものすごく難しいですが、1万人の中であればどうでしょう? それほど難しなく、自分でもできるのでは? と感じる人も多いはずです。



 ネイルアーティストとアロマセラピストの仕事がありますが、どちらも20~30年前にはなかった職業ですよね。私の母は昭和ひとケタ生まれですが、その母も昔は自分の指にマニュキュアを塗っていました。しかし、このマニュキュアにアートを結びつけた人がいるんですよね。



土肥: ネイル×アーティストという掛け算?



藤原: はい。ネイルをやっている人はたくさんいましたし、アーティストをやっている人もたくさんいました。それを爪の上でやったことで「希少性」が生まれたんですよ。その結果、そこにお金が集まるようになりました。



 アロマセラピストの仕事も同じですよね。20~30年ほど前には存在しなかったと思いますが、それまでアロマを仕事にしている人はたくさんいました。また、セラピストもたくさんいました。例えば、お寺の住職や教会の神父もセラピストの中に入りますよね。アロマとセラピストを掛け算して、アロマセラピストという職業をつくった人がいる。そうすることで「希少性」が生まれました。その後、協会をつくって資格試験を設けることで、そこにお金が集まるようになりました。



土肥: なるほど。



●掛け算の“妙”に気づいている人



藤原: このような掛け算の仕組みを意識してやっている人はどのくらいいるのでしょうか。少ないですよね。会社から人事異動を命令されて「営業でがんばってきたのに、販売に左遷させられた……」「財務をやっていたのに、経理に回された。これまで大きなお金を扱ってきたのに、これからは100円の領収書を処理しなければいけない……」といった感じで愚痴を言っている人も多いはず。



 掛け算の“妙”に気づいている人はすでに実践していて、そうした人には「希少性」という旗が立っているんですよね。



土肥: 100分の1×100分の1の存在になれば、1万分の1になれるわけですよね。でも、オリンピック選手でメダルを獲得できるような100万分の1の存在になりたいなあ、と思っている人もいると思うんですよ。そうした人はどうすればいいのでしょうか? それとも100万分の1の存在になるのには才能が必要なので、あきらめなければいけない?



藤原: いえいえ、そんなことはありません。100万分の1の存在になるには……。



土肥: それは……(ゴクリ)。



(次回、8月26日掲載予定)