ええと、おそらく全く理解されていません。

むしろ私の方が遥かに「倫理」というものを淡白に捉えていると思います。

(思考も含めた)行動や動作の正誤や是非に関する理(ことわり)を「倫理」と呼んでいるので、通常想定されているような<それ>とは全く異なるものです。

たとえば、いま私は(少し忙しかったにも関わらず)こうしてリブログをしましたが、そこには「選択の余地」があるべきだ、とか、そういうことです。

 

限界状況というものは、あるじゃないですか。結局。

たとえば私たちは「超・魔界村」の主人公のように「2段ジャンプ」はできませんよね?

たったそれだけ、そのたったひとつの具体例だけで、私たちの行動の自由や思考の自由の大半は何者かによって極めて大きな「制限」が加えられていることが納得できます。

 

これは実際問題として否定のしようがないので、いったんは認めなければならない。

しかし、私はいまどうしても目の前のこの傷つき倒れた人に「ベホイミ」をかけてあげたい(比喩ではなく)。

 

そういう話なんです、これ。そして、「倫理」というこの漢字の意味と矛盾しているとも感じないので、結論はこうなります。

 

倫理というものが如何なるものなのか誰も理解していない。