法廷に入ると、検察官の机の上にうずたかく積まれた大量の薬物が目にとまった。小分けにされた覚醒(かくせい)剤らしき白い粉、レジ袋ほどの大きさのポリ袋4ついっぱいに詰まった大麻、大量の錠剤…。これまでさまざまな薬物裁判を傍聴してきたが、これほど多くの薬物を1度に目にするのは初めてだった。

 自宅で覚醒剤などの薬物を所持していたとして、覚せい剤取締法違反などの罪に問われた男性被告(65)の初公判が20日、東京地裁で開かれた。

 チェックのワイシャツに、ジーンズ姿で法廷に現れた被告。頭頂部に目立つ白髪が、2カ月近い勾留(こうりゅう)生活を物語っていた。

 検察側の冒頭陳述などによると、暴力団員の被告は9月18日、新宿駅西口で暴力団の準構成員のMから、薬物の入った紙袋を預かったという。以前、Mに3万円を貸していた被告は、「薬物を預かってくれたら、金を返せる」というMの言葉を信じ、中身が薬物と知りながら紙袋を預かることにしたのだった。

 被告は、薬物をカバンに入れて自宅の居間に置いていたが、別の恐喝事件で家宅捜索を受け、薬物所持が発覚。恐喝事件では不起訴となったが、薬物所持で起訴されることになった。

 情状証人として出廷したのは、被告の内縁の妻だった。25年間、連れ添ってきたという。

 検察官「被告人が薬物を持っていたことは知ってた?」

 妻「全然知りませんでした」

 検察官「今後、こういう罪を犯す可能性は?」

 妻「絶対にないです。暴力団とは接触させません」

 検察官「被告人をずっと監督するということ?」

 妻「はい。あと(被告は)正直な人なんで…、うそをついたらすぐに分かるんで…」

 長年一緒に暮らしながら、籍を入れていない2人の関係に疑問を感じたらしい女性裁判官が、おもむろに口を開いた。

 裁判官「2人は籍を入れてないんですか?」

 妻「はい…」

 裁判官「被告人の戸籍が、今どうなっているか知ってます? 他の女性と結婚しているみたいですけど、本当は『戸籍に載るのは私だ』っていう意識があるんじゃない?」

 妻「いいえ。もう私は(被告人と)親よりも長く一緒にいるんで…。そういうことは気にしてません。彼も私を大事にしてくれているんです」

 毅然(きぜん)とした態度で、被告を擁護した内縁の妻。申し訳ない気持ちがわいてきたのか、被告は1度も顔を上げることなく、終始うつむいていた。

 弁護人「こう言ってくれる女性をここに引っ張り出して、今どういう気持ち?」

 被告「本当に申し訳ない気持ちです…」

 弁護人「これを機に、(暴力団を)すっぱり止める?」

 被告「はい」

 弁護人「組では何をしてたの?」

 被告「…。ほとんど活動していませんでした」

 弁護人「じゃあ、何のためにいたの?」

 被告「古い仲間と、1、2カ月に1回、喫茶店でお茶を飲んだり…」

 弁護人「ったく、ヤクザは老人会じゃないんだから、甘いこと言ってんじゃないよ!」

 被告「…。はい…。すみません」

 弁護人の怒号が、法廷に響いた。裁判を傍聴していた女子学生たちが、驚いた様子で顔を見合わせた。

 その後続いた検察官の質問は、被告が薬物を預かった理由に集中した。

 検察官「Mって、どういう人?」

 被告「薬物の密売人です」

 検察官「Mも暴力団員?」

 被告「準構成員です」

 検察官「なぜ薬物を預かったの?」

 被告「まあ、すべて私のガードが甘かったということですが…」

 検察官「あの、言ってることが、全くわからないんですけど。調書には『預かれば3万円返ってくるだろうと思っていた』と書いてあるけど」

 被告「Mが『(薬物を預かった)次の週の月曜日に、(預かった薬物を)売れば、お金を返すことができる』ということだったので…。Mは住むところもないし、コインロッカーに預けるのもあれなので…(私が預かりました)」

 検察官「(この薬物は)本当にあずかったものなの? あなたは使ってない?」

 被告「はい」

 被告からは薬物反応が出なかったため、薬物所持のみでの起訴となったが、検察側は、量と種類の多さから懲役4年を求刑した。

 「これまでなかなか暴力団から足を洗う機会がなかった」という被告にとって、今回の逮捕は、古巣からきっぱりと縁を切るまたとないきっかけになったのではないだろうか。

 判決は27日に言い渡される。