ぼんぼんぼん | MUSIC FOOL

ぼんぼんぼん

おばあちゃんお帰り。

ばあちゃんの残してくれたお金と、母上の隠し財産のおかげで引越しが出来ます。

熊本のばあちゃん、方言がひどくて何言ってるか全然わからなくて、人見知りなのも手伝って

全然接することが出来ないまま、逝ってしまいました。

じいちゃんは無愛想だけど、ごくごくたまに優しくて、余命3ヶ月とか言われて十数年生きたじいちゃん。

肺だったかな?内臓の一部もなかったのに。

危篤になって、かけつけたけど、そのまま逝ってしまって、でもしばらく心臓が動いてたとか。

どんだk(強制終了

下関のばあちゃん、洗濯を干してるときにこてっと亡くなった。

一番最初の近しい人の死だった。めちゃめちゃ泣いた。小学生だった。

葬式の風景は今でも覚えてる。

全部白髪で小さい、ばあちゃん。

下関のじいちゃん、ぼうずでとっても行動的で。

80代になっても車を運転して、帰って来た私らを送り迎えしてくれた。

向こうで体調壊した時も、必死になってくれた。

みんな高校までに逝ってしまった。

名古屋の伯父さん、伯母さん。

電車に飛び込んでしまった叔父さん。



親戚なんてのはどんなに憎んだって

その人たちがいなければ、自分はいないわけで。

とくに親なんてのは、どんだけ憎もうと

その母とその父でないと自分でないわけです。

その母と違う父では私じゃないのです。

中学の時の塾の先生(とても素晴らしい人です)が、私が言った何気ない台詞にそう、言ってくれたのを忘れません。




近しい人が逝ってしまう度、後悔する。





もっと会って、もっと接すれば良かった。って。




だから、今会える限り、会える人には会ってとかないと後悔する気がして

まだ、知り合いとか、友人とか

もっともっと近しい人に、亡くなった人はいないけれど

いつか、その日が来ると思うと怖いくてしょうがない。

今考えてもしょうがないことだけれど、その日が来るまでにもっと強くなっていなければならないよね。




お盆は亡くなった人のことを思い出し、話をしてあげると良いそうです。

あと、少し違うけど、「命日」よりは「誕生日」を祝ってあげるといいそうです。

確かに

亡くなった日は悲しいけど、生まれてきたからこそ、その日があるわけで

その日が来るまでにたくさん、たくさんの思い出があったわけで。





なんだか真面目になったけど。




やっとこ8日勤務終わりました。

お疲れ、私。

でも

明日は通常出勤時間とほぼ変わらない時間に出なければなりません。

つまりは起きる時間も(略

明後日は

仕事終わったらその足で中学’sに会いに行ってきます。

ほんとは今日も別の誘いがあったのですが、断りました。

実際はぎりぎりまで行こうとしてたけど、一番の目的が21時のバスで大阪帰ってしまうってことで

「間に合わん」って理由でやめただけです。

時間があれば行ってたかも。。。




そうやって私は不器用に生きてる。

私は何か遺せるのかな。