百五十日参り終えました。そして新たなる二百日参りへ!
8月10日が訪れました。
私は、「311震災」の翌日の3月12日から、被災者及びお亡くなりになられた方の供養の百日参りを始めました。
そして百日達成。
そこからさらに五十日参りを開始し、本日8月10日で、百五十日参りを達成いたしました。
もしも一日でも参れなかった場合は、ゼロからカウントする予定でしたが、無事完了です。
特に震災直後に事故に遭い、普段は歩いても15分内でお参りにいけるところを、事故数日は一時間かけて歩いては休み、歩いては休み、頭痛とも闘いながら参拝しましたが、無事、百五十日を終えた実感は、正直、物足りないものがあります。
ですからこれから、継続して、二百日参りとすることにしました。
明日11日から百五十一歩目。
私は一月の時点で、311頃に大きな地震を予見し、実際にこのブログでも記載はしましたが、世間がその情報を拾うことなく、311が起きた時、これからは、外れるリスクがあっても、少し世間に大きく宣伝していかねばと考えを切り替えました。
そこで、「予言」という表記にもヴァージョンアップしたのです。
「未来予報士」と名乗ろうと思っていましたが、電子書籍の出版のお話しをいただく際に、予言を意識せざるをえなくなり、そこで、「星の予言者」という肩書きを閃きました。
あまり使うことは少ないのですが。
ですから、明日から(百五十一日目として総計)二百日参りのスタートです。
やはり、最初に宣言したように、もし一日でも休んだ場合は、数字はリセットします。
そして、そこから二百日。
行く場所は、(神社、お寺、教会と)さまざまな祈り場で、一番出向くのは、「I宮」という神社ですが、150日目の10日は、「吉備津彦神社」を選びました。
それでは、これから新たなる五十日の始まりです。
東京の巣鴨で鑑定会、宿泊は大塚と池袋の予定ですが、周辺で、小さくてもお参り出来る場所の情報などもいただけますと助かります。
宿泊先で、一日でも参れないということは避けねばなりませんから、基本的に海外旅行も行きません(金銭的理由もありますが)。
航空機内で一日でもどこかに参拝できない場合は、リセットとなりますから。
PCを起動させても、画面の聖地写真などにも拝みもする人間ですが、やはり実際にリアルな祈り場で手を合わせないと、祈りというのは、天には届かない気がしますので。
それでは、明日から新たなる祈りの旅が、私の中で始ります。