1年間前の3.11を迎える前と後で何が変わったか?
そして、1年間でどういう変化があったか?
普段、過去は、自分基軸で振り返るけど、
この件については、周りの方を始点に考えさせられました。
ブログやTVで被災者の方の、状況や気持ちを知ることは出来るけれど、
でも、全く同じ経験をしているのではないので、
「気持ちが分かります」「つらいですね」という言葉も、
どこか気持ちが寄り添ってないような気がして、
何とか手を差し伸べたいけど、何をどうしたらよいか分からない・・・。
かつてない地震を味わったけれど、
関東にいる人の多くの気持ちだったと思います。
何かの縁で、
たまたまこの時期に、あたらしさんと一緒に街頭に立ち 、
渋谷にいた人と
話をし、メッセージをもらいました。
特に、若い人の純真さと、真剣に日本の将来や被災者のことを思う気持ち
が心に残ります。
今年の1月末には、香港からイギリスの友人が旧正月の休暇を利用し
ボランティアに来ました。
このことを記事に書こうと思ってたけど、
私は何をいままで東北の人の為にしてきたのか?
等々自問していたら書けなかったなぁ
彼は、私が香港に住んでいた時の英語学校の先生だったので、
てっきり、世界的にある学校なので、学校側のプログラムで、
英語を教えるボランティアかと思ってたら、
「そういう募集もあったんだけど、受け入れ側がどんな状態なのか
分からないから、日本語が出来ない僕だと迷惑かかるかもしれな
いから・・・」
と言って、石巻で瓦礫撤去作業をしてたのですよ。
インターネットで、NPOの募集を探して、1人個人で。
「もう実はやることないかと思ったけど、まだまだたくさんある」
と教えてもらいました。
中国近隣は、旧正月のエアチケットは高いのに、
わざわざ言葉も出来ない日本にビュンと来て、
肉体労働のボランティアです。
日本語も出来る同じ日本国民で、東北にも直ぐ行ける距離の私としては、
頭の下がる思いと、感謝でいっぱいです。
帰りの2日間の東京滞在時に、
フルアテンドで観光案内したり、
ごちそうしたり、
そんなことで感謝の気持ちを伝えることしかしてません。
わたしも初のメイド喫茶行ったり
又、別な方の話になるけど、
先週末、伊豆に行った時、
ペンション宿のバーで会った、アメリカ人。
厚木基地にいる方と話してたら、
トモダチという単語がいっぱい出てきて。
最初、お仕事の”友達”プロジェクトかと思ったら、
週末、東北に行って、瓦礫撤去ボランティア
行ってるという話しでした。
お仕事も大変そうだし、その上週末ボランティア・・・、
その時、相当酔っ払ってたけど、
写真を一つ一つ見ながらたくさん話を聞いて、
労をねぎらい、感謝の意を伝えました。
1年経った今、
被災地を思い、何をするのか?
”何も出来ない”
ということで、思考停止している訳でもないんじゃないかな?
と思うことが出来たのではないかな。
”思いはたくさんあるけど、行動してない”
それを責めるより、間接的にサポートしたり、
一緒に心を痛めているのでも、
何かに繋がることはできるはず。
被災地の方だけでなく、世界中の人達の心の変化に
触れ、繋がっていくことも大切なのかもしれないなぁ
と思って。
それは、私の環境で私が一番素直に出来ることだから。
(もちろん批判や?もあるのは承知です)
行動としては消極的でも、
”被災地のことをこれからも忘れない”
その気持ちは、強く永く持っていたいな~
いなくちゃなと思う。
ここで書くことではないかもですが、
具体的に私がやってることシェアできればと思い。
大きなこと、目立つこと、ではないけれど、
今、習慣化できることがいいなと思って、
考えた結果は単純。
コンビニの募金箱にチャリンです。
それも、なるべく気持ちよく、
習慣化したいので、
今年から、お財布、特に小銭入れるスペース
小さいのにしました。
(おつりをいっぱいもらった時、入りきらず、
その時、募金箱に入れるのが丁度良い♪)
自分が、便利で気持ちよくHAPPYになれるとこ
から繋がるといいな![]()


