乗客乗員476人が乗った旅客船が沈没、300人もの死者、行方不明者を出した韓国のセウォル号沈没「事件」から2年が経った。死者の多くが高校生だったこともあり、日本の各メディアは先を争ってセンセーショナルに報じた。

とりわけ嫌韓嫌中の狂気に取り憑かれていた多くの週刊誌は、待ってましたと言わんばかりに、紙面や中吊り広告の見出しを通じて、日本中に「薄く浅いヘイト」をばら撒いた。人の死をネタにするおぞましいメディアが蔓延る中、その真実に迫ったメディア関係者はいたのだろうか。


27日夕刻、東京のなかのZEROホールで、迫真のドキュメンタリー映画「ダイビング・ベル」が公開された。私は、あまりもの理不尽さと怒りで涙が止まらなかった。人の命よりも、組織のメンツや利権を優先する者どものおぞましい姿は、まるでアイヒマンテストを延々と見せつけられているようだった。しかし、その姿を見ることができたのは、心あるジャーナリストの存在があったからだ。


【ここからネタバレ】

セウォル号が沈没したことを知り、救助に駆けつけたベテラン潜水士のイ・ジョンインさん。海中で長時間作業できるダイビングベル(水中ステーション)の投入を提案した。ところが、捜索活動を司る海洋警察は、適当な理由を並び立てて参加を拒否した。民間の業者に活躍されると面目丸つぶれになるからだろう。


進まぬ捜索活動に業を煮やした行方不明者家族と記者にど詰めにされた海洋警察長官は、その場でイさんに電話し「現場に来てください」と告げた。それを聞いたイさんは現場に向かったものの、また「帰れ」と言われた。「殺されるかもしれない」と記者が止めるのも聞かずにイさんは三たび現場に向かった。


ついにダイビングベルの投入に成功したものの、海洋警察の妨害は続く。結局、行方不明者の発見には至らず、失意のうちに現場を去った彼を待ち構えていたのは、事故当初から政府と結託し政権を擁護する嘘の情報を流し続けていた保守メディアによる攻撃だった……。


【ネタバレここまで】



'Diving Bell' Trailer with English subtitles(英語字幕版)

政権や組織のメンツや利権のために、人の命が蔑ろにされる光景は、今の日本でも繰り広げられている。311とフクイチ、解釈改憲、熊本大分大震災…しかし、日本と韓国で決定的に異なるのは「抗うメディア」の存在だ。


前大統領の李明博は、メディア掌握を企て、公営放送局に息の掛かった人物を送り込んだ。多くの優秀な記者が抗ったが、その多くが解雇されてしまった。彼らは野に下り、様々な独立系メディアを立ち上げた。この映画の主人公兼監督のイ・サンホ記者もその中の一人だ。

抗っているのは独立系メディアだけではない。保守系新聞の中央日報系でありながら、権力の横暴に抗い続けるテレビ局JTBC、リベラル紙の京郷新聞、ハンギョレ新聞など。日本に東京新聞や神奈川新聞があるように。

短期間で国際的な映画祭へと発展した釜山国際映画祭は、様々な圧力に屈さずこの作品の上映を行った。委員長は事実上更迭、予算は削減され、映画祭は存亡の危機に瀕している。そこまでしても、抗い続けているのだ。


そんな彼らは、冷たい海の底からの叫びを感じ取ったのだろう。

「抗え!さもなくば殺される」という叫びを。


安倍との会食を楽しんでいる日本のメディア関係者には聞こえまい。

朴槿恵との会食を楽しんでいる韓国のメディア関係者に聞こえないように。(ゆ)


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【関連リンク】
・セウォル号沈没をめぐる「不都合」――独立メディア記者が問う報道と倫理 『ダイビング・ベル』安海龍(アン・ヘリョン)共同監督インタビュー(シノドス 2016年4月20日付)
・セウォル号沈没事件を描いた問題作『ダイビングベル』(原題)、外圧に屈せず釜山国際映画祭にて上映(植山英美/ドキュメンタリーマガジン ネオネオ)



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