母がなくなったとき、すぐにベッドをあけなければならないといわれて、びっくりしたのですが。

数時間後には、ベッドは、きれいに整えられていました。

部屋もきっとあけなければならないのだろうと思っていたけれども、妹が身元引受人なので、私は、関係ないから、何もしませんでした。

しかし、弁護士さんから、ほしいものがあれば、直接持っていってくださいといわれて、行ってきました。

引越し業者に、来てもらうように頼み、私は、先に部屋に入って、準備しました。

細かいものは、おいてあったダンボールにつめました。

少し、小さいダンボール箱も、もって行きましたが。


昔、私が、麻布のスーパーマーケットで見つけた母に勧めた応接セット。
日本を離れる英国人夫婦から購入した応接セットのソファが、気に入っていたので、もらいに行きました。

二人がけだけ残っていました。
ちょっとみすぼらしくなっていたけれども、すわり心地がすごくいいのです。

もとは、300万円くらいだといってましたが、ダイニングセットと合わせて、50万円で購入しました。
皮ばりです。

たんすは大きすぎて、出せませんでしたし、暗くなってしまったので、分解することもできず、やめました。

昔から、実家にあったダイニングテーブル。
軽くて、丈夫で、寄木細工の模様がかわいいので、もって行くことにしました。

そのほか、座椅子や、スクリーン、51インチのテレビ、母の着物、アルバム、我が家の記念写真、などなどつめて、もって行きました。

そして、廊下で、待っていたとき、ある部屋に、ワゴンを持ってきた人がいました。

失礼しますといって、鍵を開けて、入り、食べ終わった食器のお盆を持って、出てきました。

鍵をかけて、出て行きました。

つまり、この部屋の人は、歩けないということ?

どういう事情か知りませんが。

こういう人が、トイレとか、何かの事情で、ナースコールをするわけですかね。

骨粗しょう症で、骨が折れてしまったとか。。

リハビリや、運動の施設もなく、体が弱りそう。

文化祭とか行っても、ほとんど何も、やってなかったみたいです。

それなのにサンシティでは、文化基金とか言って、寄付を呼びかけています。

やらず、ぶったくりですね。

ケアでは、いすに座った人に、体操をさせているのを見ました。

ケアにいる人ではなく、上の階の普通に生活している人たちみたいでした。

レストランでは,、前に見たときよりも、人がたくさんいました。

メニューがボリュームがあって、3種類出ていました。

しかし、カツ煮とか、あまり、老人向けにいいメニューとは思えないボリュームでした。

この3種類からしか選べないなんて、私はいやです。

私は、ほとんど毎日、おすしとか、お刺身定職です。

生食は、以前、食中毒が出たので、禁止になったそうです。

おすしとか、お刺身は、サンシティでは食べられないみたいですね。
母は、亡くなってしまいました。

ずっと、母のことが心配でしたが、最後見取ることができたのは、よかったのですが。

私は、まだ死に立ち会ったことがなくて、かなりショッキングでした。


それも、こういう形で亡くなるとは、思わない状況だったので。。。


点滴が200ccに減らされた次の日、私は、遠くに行かなければならない用事があり、母のところに行くのは、やめようかと思ったのですが、やっぱり心配だからよろうと思ってよりました。

すると、ごくんごくんと、つばを飲み込んでいました。

前日に、口腔ケアをしてあげたのが効果をあげたのか、ゼロゼロしてませんでした。

ガーゼにお茶をしみこませて、口の中を拭くだけなのですが。

私が、アサイーのゼリーを口に入れてあげると、待ってましたとばかりに、ごくんと飲み込みました。

すぐに音を立てて飲み込むので、催促されているような気になるほどでした。

その後のことは、書きたくありません。

まだ書けません。

その日は、点滴ゼロだったそうです。


きっと、のどが渇いていたのでしょう。

そういう状況をわかっていれば、もっとゆっくりしたかもしれませんが、私は、元気になったと、思ってしまいました。

つばも飲み込めないと主張する有料老人ホームのスタッフ(医師、ケアマネ)でした。
つばが原因で誤嚥性肺炎になることもあるといっていた看護師。
それなのに、つばがたまっても放置していました。

Mというケアマネは、「つばが、下にたれていて」と、さもさもらしくはなしていました。

私が、15日間点滴のみで、禁食になっていることを知ったときの母の様子は、口を開けっ放しでした。
「こうなるともうだめなんです」と話していた西○。
そのころから比べれば、ずっと元気になり、唇も動くようになっていたのに。
しっかりと閉じることもできていました。
話せたら、のどが渇いたと言った筈です。
でも、それなのに、もう点滴が入らないという理由で、200ccになり、次の日はゼロだなんて。


次の週、病院に連れて行って、みてもらおうと思っていたのに、こんな形でとは、思っても見ませんでした。



前日に聞いた話でびっくりしたこと。


5時40分以降は、迷惑という理由がわかりました。

ケアには、50人の人がいるそうですが、そのくらいの人数を、5時40分以降、看護師一人と、スタッフ二人で対応するのかと思ってましたが、実は、もっとすごい、過酷な労働だったみたいです。

というのは、看護師の人によると、「上に500人いる」のだそうです。


上の階から呼ばれたら行かなければならないのだそうです。

500人というのが、どういう数字なのか、詳しく聞きませんでしたが、部屋は700室ぐらいあるはずですから、500ではなく700ならば、部屋の数と同じですが、500というのは、どういう数字なのか、わかりません。

ちょっと異常があり、ナースコールを押す可能性があるひとが500人ということでしょうか。


以前、私が通っていたとき、ナースコースがエリーゼのためにでした。

それがなりっぱなしでしたが。

かなり忙しいのかなと思ってました。
よくわかりません。

また、以前と違うのは、以前は、みんな寄せ集めて、テーブルを囲んで、食事介助の人が、一人で3人くらいを食べさせていました。

今は、一人ずつ別々のテーブルに座っています。

食べられない人は、食事を前にして、食べないままでした。

もういいですか、と声をかけていましたが。


食べさせてあげているのでしょうか。

じっと見ていたわけじゃないのですが。


ずいぶん、雰囲気が変わっていて、なんか、悲しそうな顔をしている人もいました。

何とか、母を別の施設に移してあげたいという望みは、かないませんでした。

別の施設に移すため、介護タクシーなどに乗せたら、生命の危険があるけれども、責任を取ります、と署名させられた文書に書いてありましたが。


強引にすればよかったかも。

でも、病院に問い合わせてみたところ、紹介状をもらってから、入院を審査し、1週間くらいで判断します、などといわれて、がっくり。

なので、手術を受けた病院に、私と弁護士さんが聞きに行く日に、母も連れて行こうと思ってました。

弁護士さんと私の日程が合う日が、次の週だったのです。

その日まで持たないかもしれないと、あせる思いでしたが。


結局、こんなことになってしまいました。




木曜日行くと、西○が待ち構えていた。

「昨日、指先の酸素が、80台にまで下がったんですよ(あなたのせいで)、栗ビルの色もまっさおっです」と。
確かに、唇の色は紫色だ。

「私が何もしないときに、はかったときは、指先の酸素は、低すぎて、はかれませんでしたよ、知ってるんですか?」と私は、言ってやった。

西○は、
「今日、黒○先生が、水を飲ませてみたんですが、飲めませんでした」といった。
私は、
「二ノ宮からタクシーできてるんです、忙しいから」というと、西○は、出て行った。

しかし、5時過ぎに何度も、ケアマネの松○がきて、
「5時40分以降は、看護師が一人になっちゃうので、何かあったとき、対応できないので、もう終わりにして下さい」といいに来た。

40分までは、看護師が3人いるそうだ。

私も、夜用事があって、ゆっくりできない日なので、50時半ごろ、もう帰ります、と、帰り支度を始めた。

すると、西○と松○が看護師をつれて入ってきた。

看護師は、吸引すると、西○たちに報告した。

「このあたり(のどから胸を指して)には、何も詰まってません」と。

私が窒息させると思ったらしい。


ま、そんな状況だけれども、湿度計を持っていったが、設定を間違えて、正しくはかれていなかったけれども、40%とかを示していて、あせって、なんとか湿度を上げようとした。

加湿器には、自動と、のど・はなのモードがあって、のど・はなのモードにしておくほうが言いに決まってる。

「インフルエンザとか、風を持ち込まないでくださいね」と西○が言うので、
私は、殺菌のために、クレペリンをおいっていったことを伝えた。

西○は、クレペリンを知らなかった。

ま、そんな環境で、母に、いろいろ食べさせてあげた。


かぼちゃのスープ(介護食)、豆乳で作ったイチゴアイスと抹茶アイス、アサイーゼリー、お茶、など。

ゆっくりだけれども、噛むというか、もぐもぐしながら、かぼちゃと、イチゴアイスは全部食べtら。


少しずつ、食べられるようになっている。

若しかすると回復するかも知れないと思ったけれども、このままでは、焼け石に水だ。

右傾テレくれる病院を探したが、紹介状をもらってから、検討しますという返事とか、病後2ヶ月までの患者のみですとか、言われた。

このままでは、だめだけれども、どうしたらいいのだろうか。

帰るとき、母の唇は、血色がよくなっていた。


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点滴が刺さっている手は、すごい状態だ。