「先生」一番前の生徒が聞いた。
「顔が赤いけど、ウズラさんと何かあったの?」
二番目と三番目も、きき耳を立てている。
先生はずっと、ウズラ氏が遠ざかっていくのを見てたんだけど、はっとさせられた。
「いやねぇ、みんな。ませていて」残った花びらをピンと正して、
「ほんの少ししか、ウズラさんとはお話できませんでしたね。変わった人だったみたいですね。ところで・・・、さぁみんな、宿題を提出してください!」
生徒たちは、あわてて宿題を探しだす。
しばらくその様子を見ていた先生は、こっそりと「変わった人だったわ」ってつぶやいた。
さて、ウズラ氏。
最後のサボテンに、思いっきり遠くまで飛ばしてもらった。
着地したとき、それまでと砂の感触が違うのに気が付いた。
灰色のクシャクシャしたのから、今はジトッとした濃い色に変わっていた。
(なんか、ヘンなことばっかりだなぁ)
ウズラ氏は、多少ともふくれっ面。(こりゃこの先は、どーせもっとロクじゃないぞ)
やがて、砂の色がますます濃くなって真っ黒になってきたとき、何かが向こうに見えた。
ウズラ氏、実際、あまり乗り気ではないのだが、成行き上そっちへ近寄ってビックリ!
すっごくすっごく大きいのがいた。
巨大なウズラだったんだ。
◇ ◆ ◇
巨大なウズラは、ギラギラ光ってた。
黒っぽいのにギラギラしてて、ゴムのような鉄のようなのでできている感じがした。
砂の上に出てるのは、巨大ウズラの首だけなのに、これほどのでっかさ。
「おい! お前の経歴を述べてみろ!」
耳がガーンとするような声で、いきなり巨大なのはそう言った。
しかも、巨大ウズラはウズラ氏の方なんて見てもいない。エラそうにふんぞり返って、上の方ばかり見ている。
ウズラ氏はおどおどしながら、一応、自分の生きてきた道のりをしゃべった。すると、
「ふんっ。ハイ、わぁった。もー、用ないよっ」と、こうなんだ。
「あの。あの。あなた様はこしらで何をなされておられますか?」
「ああ、五月蠅いな。無能なことは罪悪なんだ。わかったか、無能。無能な経歴とはつまり、無能なことの原因であり結果である」
少し激したせいか、巨大ウズラは翼を少し動かした。
とたんに、周囲はドドーンドドーンと揺れ始めた。
ちょっと動いただけで、スゴイ振動。
「無能によって、吾が忙しさが邪魔される。吾は、大きくなることに多忙なのだ」
(まずいなぁ。この手の人は、一旦興奮すると収まらないぞ・・)
「ああ! 有能! 吾が有能! 大きく大きくなるためには、もっともっと忙しくならねばならぬ。これこそ吾がプロフェッショナリズム。吾が闘争!」
そこで、「まるで神様だなぁ」と、ホントはあきれてウズラ氏がつぶやくと、
「オ・・・、これはこれは・・・」急に、巨大ウズラの調子が変わる。
「無能かと思いきや、かなり真実を見抜く目をお持ちのようだ。何? 何だって? もう一度、君の言ったことを聞かせてくれないか」
「いえ、何、あなたはまるで神様・・・」
「ふーむふむ、ふーむふむふむ。吾が有能を知る者が、まあ一人ここに増えた。そう。世界中の夢を全て飲み込んだ吾が存在こそ、世界の根源として崇め奉られねばならぬ者。ワッハハハハハハ。ハ。
ここでこうしてはいられない! もう飲むべき夢はなくなったのだ。
今こそ、吾が有能を全地全世界にて知らしめる時が来たのだ。
ああ、忙しい」
(これが夢をみんな飲んじゃったんだな。ひどい奴だなぁ)と思ってるウズラ氏の頭に、デンッと何かが落ちてきた。巨大ウズラが吐き出したもの、それは・・
種の固まりだった。
いろいろな木になっていく種が、固まりになって吐き出されたんだ。
「おい、無能」ウズラ氏の評価は、すっかり無能に戻っている。
「その種は、吾にとって全く無意味、役立たずのゴミであって、お前のごとき無能にピッタリだ。そんな、植えたり育てたりする必要があるものは非効率であり、無能でもあるし、時間のムダである。ああ忙しい。吾が大きくなることの前には、忙しい故、効率こそが成功のカギ。おお、吾が時代よ来たれ!」
あんまりガナリ立てられて、ぼーっとしてるウズラ氏をよそに、巨大ウズラが動き出した。
遠くの砂地が、大きく穴をあけて陥没した。
右の方では、砂漠がふたつに裂けている。
バルバルバルバルバルバル
巨大ウズラが、全身を現してきた。
バルバルバルバルバルバル
ウズラ氏は、遠くの遠くへ飛ばされた。
そこへ、砂の津波が押し寄せてくる。
バルバルバルバルバルバル
竜巻が起こって、あたり一面、黒い嵐だ。
バルバルバルバルバルバル
巨大ウズラが、地面からドドッと飛び上がった。
バルバルバルバルバルバル
竜巻が追いかけてくる。ウズラ氏が、竜巻につかまった。
あっという間に、くるくるくるっとどこかへ運び去られてしまった。
◇ ◆ ◇
ステッ。
竜巻から振り落とされて、ウズラ氏は腰をさすって立ち上がった。
振り落とされたのは、工場の真下のところだった。
でも、周りの様子は変わってた。巨大ウズラの大嵐で、砂が真っ黒になっていた。
サボテンの先生も生徒も、黒い中に埋まって見えなかった。
ウズラ氏は、再び黒い砂をゴシゴシゴシゴシ掘ってみた。
一生懸命掘ったけど、どうしてもサボテンの先生を見つけることはできなかった。
ウズラ氏はへたりこんで、そのまま眠ってしまった。
でもその手には、サボテンの先生の花びらと、巨大ウズラが吐き出した種の固まりがしっかり握られてた。
その頃、地上では
バルバルバルバルバルバル
と、地が大きく揺れだしていた。
預言の森の木たちは、あわてぶりもものすごく、大騒ぎになった。
「いよいよであろう。正に、いよいよであろう。実に、いよいよである。遂に、『予想だにしないことが起こる』との預言が成就するのじゃ」
「またそれかい。何だって予想だにできんのじゃあないか」
「これは特別だ。この揺れは特別だぞ。もしや、『巨大な樹木の反対のもの』の預言では?」
「なんじゃいそれは」
「きっと、『杉の子が雲に乗って』参られるぞよ」
「なんじゃいそれは」
「いやその前に『別の森』が現れるぞ」
「だから、なんじゃいそれはとゆーに」
ワーワーガヤガヤ。
大地がバグッと割れ、巨大ウズラがヌカっと顔を出したときも、木たちはワーワーやってて気が付かなかった。
「やい! このうすらバカどもっ!!」
巨大ウズラに怒鳴られて、やっと森は気が付いた。
気が付いて、シーンとして上を見上げた。
そして、あの古い預言を思い出したんだ。
森も森の年 夜の月
土から恐怖の大王がせり上がってくる
その前後の期間
支配者は空腹の名によって目を回す」
◇ ◆ ◇
ウズラ氏は、しょんぼりと工場に帰ってきた。
(もー首だなぁ。仕事になんかなりゃしない)
うぞうぞっとした冴えない感じ。
そしたら、ガイコツオーナーは、まだぐーぐー寝てた。
「ボクより、もっと冴えないねぇ」
ウズラ氏は、床の花びらを拾って、ガイコツ頭の鼻をくすぐる。
「起きてくださいよー、オーナー」
「ヴァッヴァッヴァッヴァックション。ヴー。
ああ。よく寝たじゃ。クションクション。鼻がかゆい。
おっ。帰ってきたか。どうじゃったね、全体としては」
ウズラ氏は、起こったことをみんな話した。話して、とっても悲しくなった。もう、どうしていいかわからなかったからね。
一方、ガイコツオーナーはふんふんと聞いていたけど、
「まぁ、そんなことじゃろうて」そう言うんだ。
「上は、もっと凄いことになっておるじゃろう」
そこで、ガイコツとウズラ氏は地上へと登っていった。
切り株から、二人が顔をだしたとき、周りには何もなくなっていた。
森は、なかった。
一面、何もない広場みたいになっていた。
その上、向こうの遠くには新しい森ができていて、真ん中に巨大ウズラの姿が見える。
預言の森の木たちは、みんな向こうに移ってしまったようだ。
「向こうに国をつくったか」とガイコツオーナー。
「あのうすらバカの木どもは、預言を全然わかっとらんのじゃ。『支配者の預言』の支配者がどうなるか、ちっともわからんから、あのでっかい奴についていくのじゃ」
その頃、巨大ウズラの森は大変な景気になっていた。
世界中、夢が不足しているものだから、評判を聞いて皆が集まる。夢を全部吸った「立派な方」から、少しでも夢を預言を分けてもらおうというのである。
預言を運ぶ雲が、あっちこっちから来ている。
巨大ウズラは、ここでも更に大きくなって、
「ああ忙しい。なんだ? ヒマラヤの雲が商談だと? やってられますかそんなの。おい、カラマツの木、何か適当なのないの? 別にいいんだよ、ちゃんとした預言じゃなくて。そう、杉の木が言ってた妙な預言あるでしょ。あれ、少し変えてサ。雲にのっけてやって。それでいいの、その程度で。高く売りなさいよ、高く。あーあー、こう周囲がバカばっかりじゃぁ。はいはい、何? 仙人が乗ってる雲が来た? しょうがないね、仙人じゃ。会いましょ。あ、どーも毎度仙人様で。お世話になっております。いえ、もうね、ウチは植えたり育てたりしてる時間はないんで。では、仙人様にはひとつ、宣伝をやっていただくということで。世界中、夢はなくなってますんで、何か先に言ってしまえばこっちのものという。そうです。ウズラの森はスゴイと、こう言っていただくだけで十分なわけでして・・・」
のべつこんな調子なんだ。
これだけのことを、たった2分でやってるんだから。
“元”預言の森の木たちは、巨大ウズラの森となってから、緑の粒を吐き出していなかった。
黒っぽい水みたいなものを、葉っぱから雲になすりつけていた。
雲はそれで、あっちこっち真っ黒にして帰っていく。
ガイコツはこの状況を見て、
「正に、『逃げよ逃げよ! すべてのフォレストから逃げ出せ』じゃな」と言った。
「なんですか、それは?」
「いや、何。これも預言の一つでな。雲があんな黒いのを持って帰ったら、どこの森もひどいことになっておるじゃろう。汚れてしまって仕方がない。だから、すべての森から逃げ出しなさいと、こういうわけじゃ」
まったく、ますます悪い状況になっていく。
◇ ◆ ◇
その日、ガイコツとウズラ氏はぼんやりと切り株に腰かけて、午後をやり過ごした。
他に、どうのしようもなかったんだ。
時折、泉の水をすくってみたりした。
ここの水は、まだきれいだった。
そうして、陽が暮れていった。
真夜中だった。
「おい。起きてみんかい」
ガイコツに起こされて、ウズラ氏は目を覚ました。何も周りにない広場の夜。
物音ひとつしなかった。
ところが、空を見上げてびっくりした。薄いふわふわのビニールみたいな切れっ端が、夜空を埋め尽くしているのだった。
今にも消えそうな、ふわふわしたもの。
あっちからこっちから飛んでくる。
そして、巨大ウズラの森の方へ飛び去っていく。
「あの、ふわふわの薄さを見たじゃろ」と、ガイコツはニヤリとした。
「これは見ものじゃわい。また明晩、様子を見よう」
ウズラ氏は、何だかさっぱりわからなかった。
次の日の真夜中。
やっぱり夜空を、薄い切れ端が飛んでいた。でも、昨日よりもっと薄くなって、数も少なくなっているようだった。
そこへ、かつて預言の森で一番の物知りだったナナカマドの木がやってきた。
「オーナー、来てくだされ。ウズラさん、あんたもな。ウチの支配者の様子がヘンなので」
「そら来た」と、ガイコツオーナー。「これを待っておったんじゃ」
巨大ウズラの森に近づくにつれ、大きな騒ぎが聞こえてきた。
地を揺さぶるようなウナリ声。
あわてふためく、森の木たちの悲鳴。
「相も変わらず、連中は全く何もわかっとらん。フォッフォッ」
ガイコツオーナーは、自信満々だ。
「いつだって大騒ぎしおって。わしの言うことを聞いとりゃいいのに」
森に到着すると、巨大ウズラのひっくり返ってる姿が見えた。
巨大ウズラは、ゴーゴー唸りながら、口を目いっぱい開けている。
空からの切れ端を、次々と吸い込んでいるんだ。
「グエー」と、巨大ウズラが泣き叫ぶ。
「何でこんなものしかないんだ。お腹すいたよ。こんな薄いの幾ら食べたって、お腹いっぱいにならないよー」
ガイコツ頭は、ほらなという顔をして、
「夢を飲んで大きくなったはいいが、大きくなるともっと腹が減る。それなのに、もう夢は枯れてしまっておるんじゃから。昔はしゃぼん玉のようだった夢が、今じゃ薄っぺらのふわふわじゃ。夢ともいえんようなものばっかしじゃ。それしか食い物がないんじゃなぁ、このでっかいのは」
しばらく巨大ウズラは大騒ぎしていたけど、やがて泣き声も聞こえなくなった。
空腹で目をまわしちゃったんだ。
ウズラ氏は、チョンチョンと巨大ウズラの腹に近寄って、クチバシで突いてみた。
ほら、あんまし太って風船みたいなお腹って、針でつついてみたくなるじゃないか。
そしたら、(あ。穴が開いた)と思う間もなく、巨大ウズラの腹から、黒いのが滝のように噴出してきた。
小さな黒い砂みたいなものが、ガンガンと吹き出てくる。
黒い砂をかぶって、森もウズラ氏も、背中が真っ黒になっちゃった。
みんな、ぱっと身をふせたから、背中だけ真っ黒。
オーナーだけは、はじめから黒いガイコツなので関係ない。
巨大ウズラはどんどん小さくなって、やがて小さな黒い固まりになった。そして最後に、ぱりっと割れて粉々になった。
「『支配者は空腹の名によって目を回す』か。ちゃんと成就したな」とガイコツは言った。
巨大ウズラの時代が終わった。
◇ ◆ ◇
森とガイコツとウズラの影が動いていく。
森の木たちが、預言の森へ帰り始めたんだ。
全員、シーンとしていた。
一行が切り株に到着したそのとき、光が一本、すーっと走ってきた。
夜明けだった。
やがて朝の日は、いつものように柔らかい固まりになって森を包んでくれた。
でも、みんなの心はまだ、凍ったように溶け出さなかった。
大騒ぎが大好きな森の木たちも、その日ばかりは暗かった。
「あったかい日になるといいねぇ」
「うん」
「朝の次は昼が来るんだらうねぇ」
「うん」
「やれやれ」
「うん」
「ふーっ」
「ふーっ」
夢の結晶はとれなくなった。
巨大ウズラの力もなくなってしまった。
みんな、やることがなくなっちゃたんだ。
森の木もウズラ氏も放心していたけど、ガイコツオーナーだけは違った。
オーナーは、ただでさえ難しい黒い顔をさらに難解極まる顔にして、ずっと考え続けていた。そして、
「わからん」遂に口を切った。
「あと一つだけ、わからんことがある」
ぼーっとした森と、ぼけーっとしたウズラ氏が、これまたひときわ薄ぼけーっとガイコツの方を見た。
「なんじゃ、その面は。そろいもそろって。奥深き深淵なまでのバカ面をしおって!」
ガイコツが怒っても全員まったくトロンとしている。
「まったく仕方のない奴らじゃ。あと一つ、預言が残っておるんじゃよ。
こういう預言じゃ。
捨てられたゴミのような宝物
黄泉の国からもたらされる
眠りによって扉が開くなら
純粋なきらめきと旅の始まり」
森の木たち、これを聞いてにわかに活気づく。
「おいおいおい! 宝物だぜ」
「ま、ミーが見つけるざんしょ。こんな森やめて、独立するざんす」
「けっ。おまえが社長じゃぁ、設立前から倒産だぜ」
「ふむ。この預言のカギは、2行目の詩句であろう。黄泉の国とは、死者の国だからつまり、地下ということではないのか」
「いいや。なんてったって3行目。これよこれ。扉が開くならと、これは仮定的希望性架空現実であって・・・」
この連中は、騒ぐネタがあれば何だっていいんだから・・。
ガイコツ頭は、ウズラ氏に近寄った。
「あんた、大ぼけーっとしとらんで。
何か、地下から持ち帰ったものはないのかね?」
ウズラ氏はちょっと考えたけど、「そんな、宝物なんて・・・」
「何にも持ってこんかったんじゃな?」
そういえばと、ウズラ氏は手を出して、
「種の固まりを持ってはきたんですけど・・」
「!! それじゃ!! あ。それじゃ! う。それじゃ!!」
ガイコツ頭は、狂ったように種の固まりを調べ始めた。
そして、ニカッとした。
「ほれみろ。ひとつ、芽が出とる!」
そこには確かに、小さな小さな芽が緑に光っていた。
「あんた、種こそが宝物じゃよ。正に宝じゃ。おいこら、でくのぼーども! ウズラ氏が宝物をみつけたぞ! しかも、扉を開けてな!!」
そう。芽を出すことが扉を開けること。
森の木たちはが集まって、小さな芽を見つめていた。じっとじっと見つめていた。
そして、ホッとため息をついた。
あっちでもこっちでも、ホッ ホッ。
安心のため息。
ため息はかすかな風になって、森を吹き抜けていった。
ガイコツは、うんうんとうなずくと、
「芽が出たということは、あんた、誰か好きな人がおるんじゃな?」と聞いた。
ウズラ氏は、サボテンの先生のことを思い出して、茶色の顔を赤茶色にしちゃった。
「あんたは、その好きな人のことを思って眠ったんじゃな。その想いが夢となって、この種の栄養となったのじゃ。つまり、夢が芽となって出てきたのじゃよ」
「えっ。それでは、芽には緑の・・」
「やさしい、小さな緑の粒がつまっておる。扉は開いたのじゃ。わしらは、ここから始めることことができるのう。
夢を与えて、芽を出させ、じっくり育てることが大事なんじゃ」
その時、ウズラ氏は気が付いた。
大切に持っていた、サボテンの先生の花びらがどっかへ行ってしまった。
砂漠といっしょに歩き続けた花びら。
巨大ウズラと対決したときも側にいた。
そして何より、あの先生の香りのつまった花びら。
ウズラ氏は、うぞうぞとその辺りを探した。泣きそうになって探した。
でも、見つからなかった。
(どこ行っちゃったんだよ)
ウズラ氏は、ふらふらと歩きだしていた。
「おい、あんた。どこへ行くんじゃ?」
ガイコツオーナーは、ウズラ氏の様子に眉をひそめて聞いた。
「何じゃ、急に? 何かあったのか?」
「あのあの。ボクの大切なものが、ないんです。落としちゃったんです」
ウズラ氏はついに、ポトッと涙を落とした。
「ばっかもん! あんたも、いろいろにバカもんじゃ。しょうもない!
これから始めようというときに。
わっはっははは。ようし、それじゃぁ、あんた! 旅に出るがよいぞ!」
「え・・・旅ですか?」
「そうじゃ。旅に出るのじゃよ。そして、落としたものを探すんじゃ」
ガイコツは、芽の出た種を切り株の泉に沈めた。
「この芽は、わしが育てる。そして、ほれっ!」
ガイコツオーナーは、まだ芽の出ていない種の固まりをウズラ氏に渡して、
「あんたは、世界中のあっちこっちに旅をする。種から芽を出させて、世界中に夢の木を育てるのじゃ。やがて森になるじゃろう。その頃には、落し物も見つかるはずじゃ」
ウズラ氏は、フカッとうなずくと、何度も何度も何度も何度も何度も、オーナーにおじぎをした。
そして、何も言葉に出せずにそのまま旅に出ていったんだ。
朝焼けの中に、ウズラ氏の姿が消えていく。
ガイコツオーナーはじっと見つめながら、
「はて。よく考えると、ウズラもそのうち、森のオーナーになるんじゃな。そうすると、預言工場もつくるんじゃろうな。なぁんじゃ、それではわしのライバルじゃないか」
そして、朝焼けに向けてこう怒鳴った。
「おおい、ライバル! 背中が真っ黒じゃぞ! ちゃぁんと洗えよ! そのままじゃ、汚くて社長になれんぞ! うわっはっはっは」
それから、森も木たちの方へ向き直ると、
「おい、こらでくのぼーども! 募集の看板を出すぞ。新しい看板じゃ。
芽を育てて樹にしてくれる女性大歓迎、と、こう書くんじゃ。
わしも恋の夢でもみんことには、ウズラの預言工場に負けてしまうでな。女性がいいよのう。うわっはっはっはは」
でも、森の木たちは何も聞いてなかった。
だって、誰が一番先に、黒くなった背中を洗うかでケンカしてたんだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ボクのおはなしはおしまい。
ねぇ、でも君の夢にいい香りの花びらが出てきたら、ウズラ氏に知らせてあげてね。
彼は今もずっと探してるんだから。
どこへ知らせるかって?
それは、ウズラ氏の名刺に書いてあった住所がいいね。 (おしまい)