『預言の森』                       by:ハコガメ  1993年
 
 眠れない? それじゃ、ボクがみた夢のおはなししようかな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 霧が、ぼってりと厚く山奥を濡らしていた。
 白く黙り込んで、樹々の葉が落とす露のピシャンという音だけが聞こえてくる。
 シーンとした香り。
 そんな冷たい霧の中に、何かひときわ暗く、重たい存在感。
 黒くて大きい森だった。
 何者も寄せ付けない感じ。秘密の予感。
 夢をみてるボクは、その中に吸い込まれていった。そして、吸い込まれる一瞬、森の入り口にこんな看板が見えたんだ。
 
            預言者 募 集 中!
                  貴君の才能を求む
 
                        預言の森
 
 森に入ると、中はきれいに晴れていて、霧は少しもなかった。
 陽の光がやわらかい固まりになって、そこかしこに落ちている。
 森の中は「外」と関係なく存在してた。
 
 ぴょんぴょんぴょん!
 なんと、預言の森の木たちは飛び跳ねている!
 一本足だったろ、五本足でヨタヨタしたり。
 その上、この木たちは何事か怒り狂って大騒ぎしていた。
 
 木たちがグルリと輪になって、とてつもなく大きな切り株を囲んでいた。
「諸君。各各方は、バカではないのか?」とブナの木が叫んでる。
「預言者募集の広告を出して数年間。誰も面接を受けにこんじゃぁないか!」
 怒って、枝をビュービュー震わせる。
 椎の木が、我もとばかり口をはさんで、
「正ににブナ氏のおっしゃるとおりね。ここは名誉のある預言の森ですよ、まぁったく。この美しき面接会場にだぁれもいないとは、まぁったく! お話になりません」
 この大きな切り株は、預言者募集試験の面接会場というわけだった。
 切り株には771個もこぶがついていて、それがイスというわけだから、771人も一度に面接できる。
 切り株の中央には、きれいな泉があって、湧いてくる清水が四方へと水路を伝って流れている。


 そんな素敵に広い会場の、一番隅の方からヨレヨレに疲れた声がした。
「あのあの。面接会場はこちらでしょうか?」
 預言の森の木たちは、いっせいにビクッとしてそっちを見た。
 とちの木が、「なんじゃ? この地味でさえない奴は? 君はいったい何だね? 何しに来ましたか?」
 その地味でさえない奴は、こう言った。
「あのあのあの。私、鳥類キジ目ウズラ属に属します、名は鶉谷鶉一郎(うずらたに・うずいちろう)と申します。本日、面接をば受けに参りました」
 鳥のウズラさん。ウズラ氏と呼ぼう。
 森の木たちはみんな背が高いから、それまで、ちっぽけなウズラ氏に誰も気が付かなかったんだ。
 ウズラ氏は、ずっと歩いてきたから、お腹がすいて目を回しそうだった。
 それに毛先までぐちょ濡れで、会場のあったか空気に包まれて、もやな蒸気のちっぽけな塊みたいだった。
 ウズラ氏は、茶色の尾羽の先まで緊張してコチコチに逆立てて、こう言いかけた。
「あの、私こそあの、エーと皆様のお役に立てると信じ・・・」
 
 そこで、空腹のあまり、声がとぎれてしまった。
 さぁ、ただでさえ怒っていた森の木たちは激怒する。
「なぁんだぁ? ウズラのくせに、お役に立つだと? 身分をわきまえろ身分を! 大体、あの広告の出し方がなってないから、こんなヘンなのしか来んのじゃないか」
「いくら鳥とはいっても、も少しましななのがいそうなものじゃぁないか。ウズラだとっ、ヘンッ。茶色で地味くさい」
「各各方。認識がまんずお甘いのう。鳥という鳥は、パーっとすごい速度で飛んでおって、この森には気づきもせん。かといって、チーター、ピューマといった高速地上動物に於いてはじゃ。これまた、一足飛びに森を飛び越えてしまうのようのぉ」
「要するに、誰もこの預言の森に気づかない。足の速いヤツじゃ仕方ないけどさぁ」
「それその通り。イヌじゃネコじゃといった類まで気づかんとは如何。ましてや、亀のごとき類の、のろまに於いておやじゃ」
「何? 亀まで気づかんのか?」
「そうだぁ。この間なんか亀のヤツ、のっそり森の迷い込んできたはいいが、まぁったく預言の森におわしますことに気づいていない。あげく、ノソノソ出ていっちまった」
「急いでるんだ」
「昨今、皆が皆、急いでおるのじゃ」
「あんまり急いでて、この森に気づかない」
「それにしたって、急いでないのは、腹のへったウズラごときしかいないとは・・・」
「この責任は誰がとる。貴君が悪いのではないか」
「いいや、お前だ!」
「いいや、お主だ!」
 ワーワーガヤガヤ。おまえが悪い、おまえが悪いと互いに言い合って大騒ぎ。
 
 さて、実はしばらく前から、唸るような地響きがずっと続いていた。
 森の木たちは、大騒ぎをしていて気づかない。
 そのとき突然、切り株の中央の泉から、水が高く吹き上がった!
 何か水の中で、キラキラしている。
 花びらだ。無数の花びらが、噴水の中に踊っている。
 その時、地響きが急に大きくなった。
 ボワゴゴゴゴン ゴゴゴゴゴン!
 台地がぐるっと裏返しになったような音。
 切り株が、土からドドドとせり上がる。地震といっしょに、横殴りの風が切り株を中心に吹き上がる。
 森の木たちは、いっせいにひっくり返った。
 ボワゴゴゴゴン ゴゴゴゴゴン!
 切り株は、どんどんどんどん高くなる。
 ボワゴゴゴゴン ゴゴゴゴゴン!
 森の木たちより、ずっと高く頭を出した。
 ボワゴゴゴゴン ボワゴゴゴン!
 ひっくり返った木たちの上に、泉の水と花びらが滝のように降ってくる。
 ボワゴゴ ボワゴゴ ゴゴン
 ゴンゴン
 泉の吹き上げが、一番低い雲に届いたとき、やっと地の揺れが止まった。
                        ◇ ◆ ◇
 森はシーンと静まっていた。
 もう夕方になっていて、切り株のてっぺんはオレンジ色に染まっていた。
 てっぺんからは、預言の森やその向こう、そのまたずっと向こうまでが、オレンジ色の中にぼわっと霞んで沈んでいた。
 そんな中、ウズラ氏はどうしてる?
 地震のときは、こわさ以上に空腹で逃げるどころじゃなかった。すなわち、面接会場の隅っこで、そのままうずくまっていたのであった。
 そして今、夕方のオレンジの、泉の水と花びらの舞いに、ぼー然と口を開けていたのだった。
 それは、あまりに美しい光景だったから。
 しかし、ウズラ氏が口を開ける出来事は、これで終わりではなかった。
 もっと、あんぐりと口を開けることになった、それは・・・。
 
 泉の水と花びらの中から、突然、


      ドンッ!!
 

と、小さくて黒いものが飛び出してきた。
 黒いのは、猛然としたスピードで転がってきて、ウズラ氏の前でぴたっと止まった。
 その正体・・・・。
 ウズラ氏は、完全に目を回しちゃった。
 黒いのの正体は、ガイコツの頭だった。
 
 氏が、完全なる気絶にあるのを見て、ガイコツ頭は
「仕方のない御仁じゃ。だらしのない!」
 何をするかと思いきや、ガイコツは口からするするするっと糸を吐く。
 その糸でもって、ウズラ氏をもやもやっと繭のように包んでしまった。
 そして、「エっと。何番目のこぶじゃったっけかな?」とつぶやきながら、ガイコツが切り株のこぶの一つをゴツンと頭で蹴ると、ぽっかり穴ができたのだ。
 それからガイコツは、ウズラ氏の繭をぽいっと穴に投げ入れると、自分もふらりと消えてしまった。
 
 切り株には、誰もいなくなった。
 同時にどっぷり日が暮れた。
 転がっていた森の木たちが、ようやっと起き上がる。
「これは一体、何がどうしたことか?」
「お主。ここの古株だなどという顔をして、このような事態については少しも預言しておらなんだではないか」
「そういうお宅も預言しないねぇ」
「いいや、去年わしは、なんと、『来年は予想だにできぬことが起こる』と預言しておる」
「おととしもそんなこと言ってたぜ」
「予想だにできないのに、預言できるの?」
 ワーワーガヤガヤ。
 元気になると、すぐ言い合いになる。
「皆の衆、もしやこれは、かの」と、今まで黙ってたナナカマドの木が、おびえ気味にしゃべりだした。
「古より伝わる『支配者の預言』の成就ではないだろうか?」
「そりゃまた、どーゆー預言で?」
「知らんのか? 何というふとどきな輩か!」
「それは確か、こんな預言じゃよ。


      森も森の年 夜の月
      土から恐怖の大王がせり上がってくる
      その前後の期間
      支配者は空腹の名によって目を回す」

 

「その・・・、恐怖の大王って何だい?」
「せり上がったんだから、切り株のことかな」
「で、支配者というのは?」
「目を回したのは、例のウズラだよ」
「なぁんだとっ! ウズラだ。冗談じゃない。ウズラごときが支配者でたまるかっ。またぞろ貴君の、誤れし預言の解釈だな!」
「なにぉ、このごくつぶしがっ。おぅっ、じゃぁいってぃ、どう解くっていうんでぃっ!」
 ワーワーガヤガヤ。
 森の大騒ぎは、夜中続くようだった。
                        ◇ ◆ ◇
 ウズラ氏は、空腹が極まって目を覚ました。
 ガイコツ頭が座っている。
 大きな犀ほどもある木の机の上に、ほんの小さなイス。
 ガイコツは、イスの上に鎮座していた。
「気が付かれたようじゃな。余程、腹の減っておられるようだ。その花びらは、美味であるぞ。存分に食されい」
 ウズラ氏は、聞くが早いか、
 チョンチョンガツガツ チョンガツガツ
と、あたりの花びらを夢中で食べた。
 あっという間に、ウズラ氏を中心に半径2.6m円内の花びらが、きれいになくなった。
「なかなかに良い喰いっぷり」と、ガイコツ頭が破顔する。
 ふーっ。お腹くちくなった・・・、ところで、ウズラ氏は面接を受けに来たことを思い出した。
 突如、直立不動。くちばしの端に、花びらの片をつけたまま、
「たいへんに、たいへんにご馳走になりまして。あの。ごちそうさまです。エヘンエヘン。わたくしめは、あのあの、エヘン。姓は鶉谷、名は鶉一郎。鳥類といえば、キジ目ウズラ属にありしもの。
 本日は、空腹のあまり野山をばあちらこちらとさまよい歩き、こちらの森の入り口の、預言者募集の広告の、知るに及びし我が一身、捧げまするとまかりこしてに・・・」などと、緊張感から五七調。
 それから、羽を一枚差し出した。ウズラ氏の名刺であった。
 
      鶉谷 鶉一郎
            ウズラ参議院秘書補佐見習い
            ○○歳(註:鳥類における年齢換算翻訳不能)
      (住所)下草通こけ横丁字わら1-ウズ
 
 ガイコツ頭は、あきれて嘆息。
「あんたはまた、何とわざとらしい御仁じゃ」と言って、口を開けた。すると、パイプが宙から現れて、ぽっぽと煙を吐き出した。
「あんたは、広告をみたと言ったね。さては、森の木どもの仕業じゃな。勝手な真似を・・・」
「・・・とおっしゃいますと?」
「わしは、広告なんぞ出した覚えはないよ。ハンッ!」
 ガイコツは、大きく咳払い。
「全体、あなたは誰ですか?」
「わしかね。預言工場のオーナーじゃ」
 
 びっくりなウズラ氏が、ぐるっと部屋を見回すと・・・。
 並んでいる。あっちもこっちも、いろんな機械が並んでる。
 振り子のようなもの。
 管がニョキニョキ、あっちこっち出てるもの。
 電話+時計+電話みたいなの。
 なんだか、わけのわからないのがいっぱい。
 それに、機械は全部、木でできているようだった。
 オーナーだって、よっぽど古いガイコツで、まるで固い木でできているみたい。
「ここの機械もな・・・。もう、動いておらなんじゃよ」
 オーナーは幾分うつむいてそう言った。
 
 部屋の壁は、全体にまぁるく膨らんでいて、太い木の根に囲まれている感じだった。
 ウズラ氏の寝ていたところは、大きな大きな花びらだった。
 工場で動いている機械は、2つだけ。
 一つは、この部屋中に花びらをまいている機械。
 もう一つは。部屋の中央にあって、地下の方へドーンと伸びている。太い管みたいのが、ドゥーンドゥーンと鳴っている。
 この二つだけだった。
「なんでこの工場は、こんな有様なんです?」
 ウズラ氏は、情けなくなってこう聞いた。
「あんたが来たのも、万世前世何某かの縁じゃろう。よろしい。工場の歴史をば、あんたの前にひもとくとしよ」
 ガイコツはこう言うと同時に、
      ワフッ
と音をたてて、見えなくなった。
 あれ? 変だなぁ。
 ウズラ氏はきょろきょろ。見回しているが、どうも首にあたりに違和感が。
 それで、手をあててみたら、びっくらした。
 ウズラ氏は、ガイコツ頭を被っていた。
                        ◇ ◆ ◇
 まったく妙な具合。
 ガイコツ頭の方がずっと小さかったのに、どうやってウズラ氏の頭にすっぽり被ったのかなぁ。謎。
「どうじゃね? 埋もり心地は?」
 ガイコツの声が、直接頭に響いてくる。
 埋もり心地なんて、ヘンな言い回しだなと思いながら、ウズラ氏、
「まだ生きております」
 
 それからが凄かった。
 ウズラ氏の眼に、まず、本当に青い空が見えてきた。
 昔のずっと昔の空。だから、きれいな空だった。
 雲がずらりと並んで、何事か言葉になっている。
「これが、大元の預言じゃよ。預言の森ができるという預言が、天の空にあったのじゃ」
 雲がずーっと下ってきた。
 ずっと下った雲が、地に触れた瞬間、ぱんっと雲が爆発した。
 そして、そこにガイコツがいた。
 ガイコツオーナーは、最初からガイコツなのであった。何かの死んだ成れの果てでなくて、はじめからガイコツなんだな。
 ガイコツは、小さな苗木を見つけると、
 パサル・メケル・ド・ウペル・エッサイム
なぁんていう呪文をかけだした。
 すると苗木がひょこひょこ動き出す。あっちの苗木もこっちの苗木も、眠りから覚めたように動き出した。
 預言の森の始まりだった。
 
 次に見えたのは、苗木もよほど大きく育っていた頃の森。
 面接会場だった切り株もできていた。
 木たちは、切り株の泉に根をひたして、一生懸命に水を吸っていた。
 やがて雲を呼び寄せ、葉っぱからぽっぽと綺麗な緑の粒を吐き出して、雲に緑の粒を託した。
 雲はこれを、世界中に運んでいく。
(あの粒はなんだろう)とウズラ氏が思うと、ガイコツが教えてくれた。
「あれが預言じゃよ。預言はきれいな緑の粒でできているのじゃ」
 
 夜の光景になった。
 世界が夢を見ていた。動物も夢をみてるし、花や草も夢をみてた。お月さまだってうとうと夢をみて、あやうく屋根にぶつかるところだった。
 世界中のみんながみている夢が、プカリプカリ浮いていた。信じられないほどの数の夢が、しゃぼん玉のように夜の空に浮かんでいた。
 でも、やがて朝になる。夢のしゃぼん玉はすーっと地上へ落ちて行った。日の出とともに、一斉に土の中へと吸い込まれていった。
 目を覚ます直前にみる浅い夢じゃない。ぐっすり眠って、覚えてもいないような夢だけが、夜のしゃぼん玉になる。そして、土の中に消えていくんだ。
 土の中に吸い込まれた夢は、どんどん一か所に集まっていく。世界中の夢が土の中の路を通って、一か所に集まると、やがてキラキラした塊になった。夢の結晶だった。
「工場の真ん中の太い管は」とガイコツ。「今じゃ、ドゥーンドゥーンとこんな調子じゃが、昔はすごく働いたもんじゃ」
 確かにすごくて、ひっきりなしに回っている。ブンブンブカブンブンビビビンブングングン、うるさいハチが二万匹もいるような音。この機械は夢の結晶を吸い上げる機械だった。
「夢が世界中から集まってくるところが、この工場のちょうど真下じゃ。そして、この機械で結晶となった夢を吸い上げる。これが、預言の原料となるんじゃよ」
(夢から預言をつくる。でも、そんなことして何の役にたつのかな)とウズラ氏が考える間もなく、ガイコツ頭は答えた。
「夢にもいい夢や悪い夢ががあるじゃろう。美しい夢、醜い夢、明るい夢、黒い夢・・・。様々じゃ。悪い夢ばかりじゃ困る。かといって、いい夢ばかりでは、何のいいことか悪いことか区別がつかん。そこで、預言という形で、世界に再び夢を送り返しておるのじゃよ。預言を聞いた心が、また新しい夢をみるのじゃ。こうして世界の夢の全体は、バランスを保って、まぁ成り立つと。こういうわけじゃ。
 ところが最近、事態が変わってきた。
 森の木たちはケンカばっかりしていて、緑の粒をつくりやしない。預言を運ぶ雲もこない。
 夢の結晶をくみ上げる機械も、段々スピードが鈍ってきた。ブンブンいってたのが、ドゥーンドゥーンとゆっくりになちゃった。
 それはもう、夢が集まらなくなったからだった。
 皆が急いでいて、預言を心で聞かなくなったから。
 もう新しい夢がつくられなくなってきたんだ。
 そして、預言の原料の、夢の結晶が枯れてしまった。
 結果、預言工場は動かせなくなり、預言の森も、暇つぶしのたまり場になってしまったわけ。
「あっ。こりゃ、いかん!」突然、ガイコツが叫んだ。
「あんた! いや、ウズラ君。こんにちただ今より、キミはこの工場の社員じゃ。いいね。いやいや、何も言わんでよい。頑張りたまえ。ヒヒっ」
 
 ぼんやりしてる内に、この時をもってウズラ氏は預言工場の社員になった。
 ところが、社員になったとたん、
 ドゥーン プジョー
 夢を吸い上げる機械が止まってしまった。最後の機械なのに。
 
 実は、例のウズラ氏の名刺は、5年も前のものだった。
 “ウズラ参議院”は“にわとり等衆議院”に吸収されてなくなっていたし、その前から使えないってことで失職していたのであった。
 5年間もエサを探して草っぱらをうろうろ。やっと面接に受かって就職したら、今にもつぶれそうな工場だもんなぁ。
 ガイコツ頭は、そんなウズラ氏の気持ちにおかまいなく、いつの間にやらウズラ氏の頭から外れて、イスの上でぐーぐー寝ていた。
                        ◇ ◆ ◇
 翌日。
 仕事とはいっても、夢汲機が止まっているので仕事がない。
(下はどうなっているのかなぁ)
 ウズラ氏は、工場の下-夢が結晶になる場所-を見に行くことにした。
 
 行ってみるとそこは、完全に砂漠になっていた。
 かつては、夢の結晶がダイヤモンドの山みたいになってる所だったはず。
 今は風化して、ぼろぼろの砂地であった。
 それに、世界中の夢が流れ込んできていた地下路も、すっかり干乾びて、時折カランカラと寂しく音をたてていた。
 灰色のくしゃった光景が、ずっと向こうまで続いていた。
(やっと職にありついたのになぁ・・。まいったなぁ・・)と思いながら、砂を見つめていると、
 あっ!!
 ちょっぴり緑色がのぞいていた。
 ウズラ氏はかけよって掘ってみた。
 ゴシゴシ ゴシゴシ 掘ってみた。
 すると、小さな夢の結晶が残っていて、その上に緑色がへばりついている。
 サボテンだった。
 
 心の中でウズラ氏は、(生きてるよね。生きてるよね。生きてるよね)とつぶやいた。
 そして、くちばしでツンツンつついてみたんだ。
 バサッ!!
(あれ? 前が見えない)
 サボテンが急に、大きな花をウズラ氏の鼻先に広げていた。
「エッチ!」
とサボテンに言われたとき、まだウズラ氏は花の真ん中に鼻先を突っ込んでいた。
「無断でツンツンなんてしないで頂戴!」
(うわっ、女性だっ)とウズラ氏は思った。
  サボテンは、不審げに横目でウズラ氏を見ていたけど、なんかリズム的にがくっときたのか、「あなたはそこで、何をしていらっしゃるの?」と普通の質問をした。
「あの。あの。あの」と、ウズラ氏はどもって、「ボクはウズラです」
「あら。ちゃんとご挨拶もできないのねぇ」
 サボテンは横目で睨むようにしたけど、少しほほえんでいたんだ。
「わたし、ここでサボテン語を教えています」
「え? 先生なんですか? ここは学校・・」
「そうよ。さぁ、みなさん。ウズラさんにご挨拶しましょう!」
 ポコッ ポコッ ポコッ ポコッ ポコッ ポコッ
 一度に音がする。
 小さなサボテンたちが、先生サボテンの前から一列に、向こうの方まで砂の中から顔を出す。
「はい! ご挨拶!」
 先生のひと声に、ずっと向こうまで一列に並んだ生徒たちが、いっせいに花を咲かせた。
「きれいだなぁ」ウズラ氏はため息。
「そうよ。みんなとっても上手よ」
 でも、ウズラ氏の「きれいだなぁ」は、先生のこと思って言ってたんだ。
「先生は、こんな砂漠が好きなんですか?」
「ええ。もちろん、大好きよ。きっと星が一番きれいなのは、砂漠で見る星といいますもの」
 先生はそう言って、ちょっとうつむいたけど、それから微笑んだ。
「本当は私、まだ星を見たことないのよ。でも、いつかきっと星を見るんだって信じてるわ」
 そのとき、先生の花びらが一枚、砂に落ちた。
 ウズラ氏は、チョンとそれを拾うと、
「先生の香り、持ってかせてください。ボク、砂の向こうへ行かなくちゃならないんです」と珍しくすらすら言った。
 先生は、顔を真っ赤にしちゃった。
 ウズラ氏は、生徒たちに列に並んで歩きだした。
「もう・・・行くのね」と先生はつぶやいてから、「それでは、みんなで運んであげるわ。ねぇ、みんな!」
 生徒たちが、いっせいにワーっと歓声をあげた。
 ここは、いい学校だなぁ。
 でも、子供っていたずらだ。ウズラ氏をちょいと花びらに乗せると、ポンポンポテンコと跳ね上げる。
 あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。ボールの代わりにされちゃった。
 サボテンの花のトランポリン。
「こら、君たち。いててて。腰が痛い。あっ、君、乱暴なっ。ボクは君、ほんのこないだまでウズラ参議院の秘書・・・。ああ、危ない落ちる・・・」
 生徒たちは、いっこうに聞いてない。
 アハハハキャッキャッという声といっしょに、ウズラ氏はポンポン飛ばされて、次第に向こうへ消えていった。       (②につづく)