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4つ目の絵

 


hakogame

 ミンマナは、北風がびゅーびゅーいうのを聞くと、絵筆を持って小屋から出てきました。
 池のほとりに座ると、曲った背中をぎりっと伸ばして、北風を睨みつけました。それから、乾いた声で笑いました。「今日は、絵を4つ描けるよ。そしたら展覧会に出そうよ」
 ミンマナは、こんな北風の日でないと、絵を描こうとしませんでした。老いたからだには、寒さがこたえて、手がふるえました。けれども、北風が冷たい時にだけ、絵筆を持つのでした。
 ミンマナはいつも、大きな画用紙を四等分して、1枚に4つの絵を描こうとしました。
 ローズマリーの緑の株、黄色の石ころ、ミミズクの茶色い後ろ姿・・・。
 木で作ったラッパ、葉っぱで編んだ手袋、タンポポの綿毛...。
 どの紙にも3つ目まで絵が描いてあるの
に、4つ目の絵が描いてないのでした。
 ミンマナは4番目にくると、筆が止まってしまうのでした。
 今日も3つ絵を描いたところで、筆が動きません。目から音が出るほど、北風を睨みましたが、もう描くことができませんでした。
 ミンマナの肩から力が抜けて、急に泣きそうな顔になって小屋へ戻りました。
 翌日、山を降りて町へ買い物に出ました。 すると、今日に限って、ミンマナの姿を見ようものなら、誰もが身を翻して逃げました。
 どのお店に入っても、店の人は怒った顔で奥に行ってしまい、買い物どころではありません。中には、「出て行け」とどなる人までおりました。
 あきらめて、山に戻ろうとした時、道ばたの物乞いが目に入りました。いつもなら、ミンマナの方が避けている物乞いです。
 物乞いは、ミンマナと目を合わせると、含んだように、ずずっと笑いました。「あんたは
知らんかね。魚屋の小さい子供がよ、あんたの側の池に落ちて、死んだとよ。なんで、あんたは助けなかったかと、町中怒ってるんだわ」
 ミンマナは、頭の中が真っ白になって、物乞いに小銭を与えるのも忘れてしまいました。
 小屋に戻ってきましたが、買い物ができなかったので、食べ物がありません。
 子供が池に落ちたなんて、気がつきませんでした。なぜ、身に覚えのないことで、町中の人から恨まれるのでしょう。
 ひもじくしてひとりでいると、気が変になってきそうでした。
 すると、「北風が出てきましたよ。ミンマナさん、いませんか」と張りのある声が、小屋の外から聞こえました。
 ミンマナが大嫌いな物売りの声でした。物売りは町から町を歩いて、品物を売ったり、いろいろな話しをしたりするのです。いつものミンマナは、物売りがいろいろな話しをするのが、大嫌いなのでした。信用できない人だと
思っていたからです。
 しかし、今日ばかりは救いの御子に思われて、「ちょいと、食べ物を売って下さいよ」
 物売りはにこりとして、全て承知というように、野菜やお肉を出しながら、「ばあさんの好きなものばかりだよ。やれやれ、疲れた。腰を休めさせておくれ」。そう言って、小屋の入り口に腰を降ろしました。「知ってるかい?町の魚屋の坊やは、峠をこえて、助かったそうだよ。もう大丈夫だって」
 ミンマナはそれを聞くと、いきなり立ち上がり、小屋の外に駆け出そうとしました。けれど、物売りが通せんぼをします。
「なんで、邪魔する。そこをどけ」
「待ってよ、おばあちゃん」物売りは、にこにこ落ち着いています。「子供は、やっと峠をこえたばかりだよ。まず、おばあちゃんが腹ごしらえしなくちゃ」と、今度は握り飯を出しました。「それからね、物売りにもいろんな人がいるってこと、忘れないでよね」
 翌日、ミンマナは、町の人々の気まずそうな様子は気にもとめずに、まっすぐ魚屋さんまで来て、「お子さんの見舞いをさせてよ」と、寝ている子供のとなりに行きました。
「あい、まだこんな青い顔をして」と、ミンマナは泣きました。「気がつかんで悪かった」
 それから画用紙を広げて、「昔、絵を描き始めたころ、雀の子供が巣から落ちてな。4羽のうち1羽が落ちたが、絵に夢中で気がつかなかった。そして、雀の子は死んでしまったよ。それからというもの、どうしても4つ目の絵が描けずにいたが。ほれ。あんたのお陰で、絵ができた。有難う。有難う」と言いましたが、子供はずっと眠っていて聞いていませんでした。
 画用紙には、遠くの青い山と、だいだいのてんとう虫と、池の水草が描かれていました。そして4つ目には、子供の手が、何かに触りたがっているように、描いてありました。
 子供のふとんに陽射しが落ちていました。

 (おしまい)