ハイデガーは、老子を研究したある日本人の本をパクッテ自分の論文(”存在と時間”)を発表した、という説があります。それくらいですから、それほど堅く考えなくても良いかも知れません。


いずれにせよ、私たち素人は、学者さんと違って厳密なことはどうでも良いわけで、自分で納得(誤解)して元気に生きられればそれで結構なわけです。


“どうしたらより幸せに生きられるか”これが人生の最大で、最後の問いです。それには、自分を知っておくことが一番だ、というのがたいていの人の答えです。


しかし、そんな自分なんて本当にあるのだろうか。恋人の好みだって始終変っていますよね。というのが、荘子でした(そんな例は出してはいませんが)。


自分が自分がと言わずに、大きな自然の流れを感じてそれに委ねようというのが、荘子の答えです。大変に新鮮に思えました。


五木寛之の他力本願の解釈も同様のことのようですが(”大河の一滴”など)、その辺のところは、よくわかりません。


(以上は、”はにぃ”さんへのコメントです)