聞いた話であるが、パリの観光案内バスの運転手が言っていたことだという。彼は、アジア人では、日本人のグループしか案内しないというのである。


何故かというと、中国人と韓国人のグループはバスを汚く使って、あとで掃除をするのが大変で一人では手に負えないというのだ。それにひきかえ、日本人は丁寧に使うから問題ないそうだ。


ホテルなどでも同様で、日本人が帰ったあとは、きれいだ。しかし、中国人も韓国人もすごく汚く使う。散らかしっぱなしなのである。


それだけ、日本人の教育としつけが行き届いているということで、いわば生活文化の水準が高いということの反映だ。日本人は当たり前だと思っていても、こうしたことは一朝一夕で変わるものではない。長い歴史がはぐくんだことだ。私たちは、ややもすると自分たちに関して自虐的になり過ぎるきらいがある。


先回の“朝まで生TV”(通称“朝生”:毎月最終金曜日にTV朝日系列で行う討論番組)のテーマは“幸せとは何か”というものであった。日本人は、幸福度が韓国などと並んで世界でも相当低いということだ。しかし、これに関しては、日本人の要求水準が高いことの反映ではないかと思う(恐らく韓国も)。同じ条件が与えられていても、要求水準が高い人は、“このくらいで幸福だとは思えない”と考える可能性がある。そう考えると、幸福のランキングなどはいい加減なものだとも言える。


ただ、ベルギーなど欧州の小国の人たちは、幸福水準が例年高い傾向がある。“朝生”で誰かの、“欧州の連中と日本人の差は、自信のある無しではないか”という指摘は当たっているだろう。


確かに日本人は、他人と比較して劣ったり、批判されたりすることに弱い。それには、いわゆる偏差値教育も関係しているだろう。自分の個性に合った生き方をするよりも、他の人たちと同じように生きること、同じ価値観のなかで相対的に上位であることを奨励されてきたのが日本人なのだ。


今は、日本人も自分の過去の歴史を振り返って、良いところも悪いところもしっかり把握することが大事であろう。個人と同じで、国民もそれぞれに特徴、長所・欠点がある。間違うこともうまく行くこともある(侵略戦争に関しては、一度は反省の必要あり)。


大きな経済成長があり、忙しい時代は終わったのである。中国や韓国が成長著しいといっても、所詮は、彼らは私たちの後追いをしているだけだ。彼らにもやがて成熟経済がやって来る。羨ましがるこことは無いのである。


今は、じっくりと来し方行く末を考える時代なのである。