問題を提示することは、比較的簡単だ。問題を探せば良いだけだからだ。新聞やTVなどを見て、いればいくらでもある。それを提示してこれを見ろ、政府が悪い、官僚が悪いと言っていれば済むことだ。
しかし、問題を解決することは、本来それの何十倍か何百倍かの研究・努力がいる。どの問題にも何十年か、いや場合によっては何百年かの蓄積された複雑な事実関係があるからだ。問題の当事者は一人や一派だけではない。既得権を持った人たちがぞろぞろといるのだ。
今回の相撲の賭博問題にしてもそうだ。だいたいにおいて、人集めをこととする相撲や演歌などには、ヤクザとの結びつきは、昔からの言わばしきたりなのである。それに加えて旧来の自分たちだけの世界、つまり相撲出身者だけで興行をやっている体質がある。横綱審議会など外部者を入れているのは、税金をかけられない特権を保持するためのジェスチャーである。
今回の問題など、氷山の一角だろう。朝青龍が黙って引退したことなどは、つまり内部のことを告発しないで去ろうとしていることなど、今となっては“品格のある行為”と賞賛されるべきだろう。
これだけボコボコと問題が出てくるということは、もう全部を洗いざらしにした方がよさそうである。名古屋場所どころか、相撲の廃止さえ視野にいれなければならないだろう。
私も長い間ファンであったのだが、それも仕方のないことかも知れないと思うようになっている。相撲を見る分には面白いが、自分の親戚や知人に“相撲取りになったらいいのではないか”などと勧められるものではない。稽古は厳しい、ケガは頻発、実入りが良いのか悪いのかわからない。更には親方と弟子の古い体質などなど。何も知らないハングリーな外人くらいしか、なり手がいないのが実体ではないか。
長いあいだやってきたから、残せば良いというものでもないだろう。この際、廃止論をも含めて考え直すべきであろう。これも、単なる問題提起ではあるが。