ドイツのミュンヘンからトルコのイスタンブールへ、バスで行ったことがある。
トイレ休憩があるが、走りっぱなしで36時間くらいかかったと思う。同行者はトルコのガストアルバイター、つまりドイツに出稼ぎに来ているトルコ人たちの一時帰郷組がほとんどであった。隣にいた人やバスの中の人々は、結局僕が日本人だとは最後までわからなかったようだ。トルコへ行くと、子供は僕のことを中国人とか日本人とか呼びかけてくる。それは事実を見ているからだ。どう見てもトルコ人ではないと観察するからだ。
ところが大人は、頭で考えているので、こんなバスに日本人などいるはずがないと思っているから、僕のことに気がつかないのだ。彼らの人種の一部に日本人に似ている人たちが多く住む市(エスキシェヒルという都市)があるという。そこの人だと思ったのではないか。
それはともかく、ドイツのミュンヘンからはオーストリア、昔のユーゴスラビア、ブルガリアなどと経由してトルコのイスタンブールに到着する。イスタンブールはヨーロッパ側とアジア側の岸にまたがる、人口300万の大都会である。一応ボスポラス海峡から東がアジア、西側がヨーロッパとされているのである。イスタンブールでは、東から来た人は、ここからヨーロッパが始まるのだと思い、逆に西から来た人は、ここからアジアが始まるのだと感慨にふけるところだという。
僕はもちろん東側から来たのであるが、東側から来ると面白いことに気がつく。距離を進むにつれて、貧困の度合いが深まるのである。ドイツとオーストリアはそれほど生活水準が違わないが、ユーゴスラビア、ブルガリアとなると段々と経済レベルが下がるのである。トルコから東へ行くとイラクになりイランになる。それからパキスタン、インド、バングラデシュと下がり続けるのでのである。バングラデシュが最貧といって良いだろう。
その一つの象徴が、トイレットペーパーである。トルコあたりからトイレにペーパーが無くなるのである。
もちろんホテルとか公共のトイレにはペーパーがある。しかし一般の人たちの家庭にはペーパーが無いのである。よく聞くことであるが、イスラムやインドなどでは左手は不浄の手だという。従って握手は右手でするのがエチケットとされる。トイレには水しか出ないので、排泄物は左手で処理をするのである。
僕もトルコの家庭で最初2,3ヶ月生活をしたので、最初は面食らった。どうやっていいかわからないのである。丁寧な人や清潔好きな人は、洗ったあとで香水をかけるようである。
水だけの処理には最初は抵抗があるが、慣れてくるとそれが少しずつ快適な作業になってくる。自分のアソコが変にデコボコしているのである。また排泄物は、普段は全く考慮にないものだが、それは内蔵が自分のための栄養を吸収してくれたあとの形骸なのである。誰のものでもない、自分のものなのである。
イスタンブールが東西の分かれ目であることは先に述べたが、そこには世界各国から人が集まってくるところでもある。ある時レストランで友人と食事をしていると、日本の旅行者に会った。それも女性なのである。
それが一人旅で、アフガニスタンからか、インドからが忘れたがそこから陸路ここまで来ていたのである。ずいぶん勇気のある女性だなと思ったが、話を聞くと面白い。イスラム系の国々では、多く顔を見せないので、女性だとわかると好奇心で寄ってくるというのである。
石を持っていて、本当にぶつける真似をしないと離れて行かないというのである。そうした女性に、たぶん2人ほど会っている。
随分と昔の話である。