今回のカンファレンス参加は貴重な経験となった。
世界は日本だけではない、被害者は世界中にいるのだとあらためて思い知らされた。
そもそも私は2年半前に被害に気づいた当初から、他の被害者との離間工作がひどく日本でも直接会ったことがほとんどない。
被害者団体の集会も、諸事情により2回しか出席できていない。
メールもツイッターも郵便物の到着も電話の着信も頻繁に妨害される。
だから、12時間も飛行機に乗って行く遠いヨーロッパの国で色々な国の被害者を見るだけでも不思議な感じがした。
講演者は各種メディアで活躍している方が多く、自身の被害体験を告白したり、あえてシンプルでわかりやすい英語を使って話していると思われる方もいてさすがプロだと思った。
でも全体を通して私が聞き取れた講義内容は部分的だった。
私の聞き間違いでなければ、ニック・ベギーチ氏は講義の中で「テクノロジー犯罪はCIAがやっているのではないことを、あるカナダ人がリークした。」と言っていた。
合っているだろうか?自信がない。
これからUPされる公式webサイトの動画を観て復習したいと思う。
世界は日本だけではない、被害者は世界中にいるのだとあらためて思い知らされた。
そもそも私は2年半前に被害に気づいた当初から、他の被害者との離間工作がひどく日本でも直接会ったことがほとんどない。
被害者団体の集会も、諸事情により2回しか出席できていない。
メールもツイッターも郵便物の到着も電話の着信も頻繁に妨害される。
だから、12時間も飛行機に乗って行く遠いヨーロッパの国で色々な国の被害者を見るだけでも不思議な感じがした。
講演者は各種メディアで活躍している方が多く、自身の被害体験を告白したり、あえてシンプルでわかりやすい英語を使って話していると思われる方もいてさすがプロだと思った。
でも全体を通して私が聞き取れた講義内容は部分的だった。
私の聞き間違いでなければ、ニック・ベギーチ氏は講義の中で「テクノロジー犯罪はCIAがやっているのではないことを、あるカナダ人がリークした。」と言っていた。
合っているだろうか?自信がない。
これからUPされる公式webサイトの動画を観て復習したいと思う。
そして、私がたくさんの被害者に聞きたかった質問は「この犯罪が終わったら何をしたいですか?」だった。
本当は会話した人全員にこの質問をするつもりでいたのだ。
でも記憶を操作されて数人にしか聞けなかったのが本当に残念だ。
その内の一人、ベルリン在住の男性被害者に聞くことができた。
まだ若く、そして表現しがたいのだがひと目で重い被害に遭っているように見えた。
私が見た限りでは他の被害者と交わっている様子はなかった。
正直、彼に話しかけるのはこわかった。
「この被害が終わったら何をしたい?」
「・・・いろんなことにtry・・・・tryしたいよ・・・。」
と、ゆっくりジェスチャーつきで話してくれた。
その内の一人、ベルリン在住の男性被害者に聞くことができた。
まだ若く、そして表現しがたいのだがひと目で重い被害に遭っているように見えた。
私が見た限りでは他の被害者と交わっている様子はなかった。
正直、彼に話しかけるのはこわかった。
「この被害が終わったら何をしたい?」
「・・・いろんなことにtry・・・・tryしたいよ・・・。」
と、ゆっくりジェスチャーつきで話してくれた。
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特定の言葉をキーワードに色々なものと同期させられる現象を体験している被害者は多いが、私の場合は「ドイツ」のようだ。
ドイツと言えばロスチャイルドから来ているのだろうか?
2年前に集団ストーカー被害から逃れる為、東京から実家の新潟に戻ると「ドイツ」がつきまとった。
地元の友達と交流を始めると、中学の時の同級生がドイツが好きで数年前まで妻子と共に住んでいたと言う。
そして彼の実家はドイツの商品を専門に扱う商店だ。
しかも同級生の女子がその店で働くようになり、私にも一緒に働くようしょっちゅう勧めてくる。
(働きたいが被害がひどくて無理だ。いつも断わる理由に困る。これも拷問だ。)
ちなみに同級生2人とは仲良くしている。
少し離れたところに住んでいるおばの家に行くと、最近家を建て替えていた。
建築デザイナーはドイツ人でベルリン出身、私の住む家からそんなに遠くない隣町に住んでいた・・・。
(田舎の過疎地に外国人在住者はとてもめずらしい。)
そして今年のCHCがドイツベルリンで開かれ、まさかそれに自分が参加することになるとは夢にも思わなかった。
特定の言葉をキーワードに色々なものと同期させられる現象を体験している被害者は多いが、私の場合は「ドイツ」のようだ。
ドイツと言えばロスチャイルドから来ているのだろうか?
2年前に集団ストーカー被害から逃れる為、東京から実家の新潟に戻ると「ドイツ」がつきまとった。
地元の友達と交流を始めると、中学の時の同級生がドイツが好きで数年前まで妻子と共に住んでいたと言う。
そして彼の実家はドイツの商品を専門に扱う商店だ。
しかも同級生の女子がその店で働くようになり、私にも一緒に働くようしょっちゅう勧めてくる。
(働きたいが被害がひどくて無理だ。いつも断わる理由に困る。これも拷問だ。)
ちなみに同級生2人とは仲良くしている。
少し離れたところに住んでいるおばの家に行くと、最近家を建て替えていた。
建築デザイナーはドイツ人でベルリン出身、私の住む家からそんなに遠くない隣町に住んでいた・・・。
(田舎の過疎地に外国人在住者はとてもめずらしい。)
そして今年のCHCがドイツベルリンで開かれ、まさかそれに自分が参加することになるとは夢にも思わなかった。
物置から出してきた古いアルバムの中に小学1年生の私がいる。
右手でOKサインを作り、うれしそうに微笑んでいる写真を眺めながら、運命は数奇なものだなあと感じている。
-END-
追記 2015/12/26
上記のドイツ人デザイナーの家に住んでいた叔父はドイツ語サークルに入っていた。
今年の4月に階段から転落して亡くなっている。
右手でOKサインを作り、うれしそうに微笑んでいる写真を眺めながら、運命は数奇なものだなあと感じている。
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追記 2015/12/26
上記のドイツ人デザイナーの家に住んでいた叔父はドイツ語サークルに入っていた。
今年の4月に階段から転落して亡くなっている。