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FFCHS委員会からのメッセージ

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●FFCHSのリーダーシップ


2000年代前半までに多くのアメリカ人が自分がターゲットになっていることに気づき始めました。
 被害者たちによる小さなグループ内のeメールのやりとりや電話会議が結果的に2004年から2005年にかけての組織形成につながりました。
グループはフリーダム・フロム・コウバート・ハラスメント・アンド・サーベイランス(FFCHS)という名前を採用しました。

シルビア・スナイダーというニューヨーク出身の被害者が最初のリーダーになりました。

2005年の始め、シルビアは初の全国FFCHS電話会議を開きました。
シルビアは辞任すると、それからまもなくしてイスラエルへ移住しました。

彼女は2007年に死去した可能性があります。

一方、デレクがグループの取りまとめ役になりました。
その後数年間、FFCHSはただのゆるい被害者団体として運営されていました。

2007年に何人かの被害者がFFCHSを非営利団体にしようとして動き始めました。

デレクは組織のリーダーとして事務手続きの準備をしました。

デレクがオハイオのシンシナティに住んでいるという理由で、委員会は認可証のコピーをもらえませんでした。
オハイオの法律ではFFCHSが法人格を取得できなかったからです。

デレクは決してFFCHSの代表に選任されませんでした。
事実、規約上、設立認可に必要だったがために役員ポジションに選ばれる2007年まで代表の肩書はなかったのです。
それまで選挙は1度も行われていませんでした。

デレクは当初、単に2005年にシルビアが立ち去った後のグループ・リーダーの役割を担っていただけで、2007年に非営利団体として認可された新しいFFCHSのもと、後から代表の肩書がついたのです。


2015年までデレクはFFCHSの代表と経理を兼務していました。
その年の夏、切望している助成金がもらえることを望み、FFCHSを再組織するために委員会が発足しました。

再組織の過程において、委員会はデレクの激しい抵抗にあいながら経理担当者を選びだしました。

デレクはとても不本意な様子でしぶしぶ、そして少しずつ資金管理を次の経理担当者に引き継ぎました。

そしてなんとFFCHSのメンバー以外の人たちの所に行って、新しい担当者を潰すために彼らの力を借りようと懇願したのです。
 委員会はデレクに、新しい経理担当者がきちんと資金管理ができるよう強く要求しました。
さまざまな業務を引き継ぐために今までの業務内容の提示を求めたのです。
この過程で新担当者は驚くべきことを発見したのです。

彼女はデレクがたった一人で非営利団体を管理していたことを知りました。

さらに重要なことに、彼がFFCHSの当座預金口座を開設する時、FFCHSの非営利団体納税者番号ではなく、彼の個人名と社会保障番号を使用していたことを発見したのです。

2013年、デレクはオハイオからカリフォルニアに引っ越すことにしました。
その後、FFCHSは引き続きオハイオ州の認可のもとで運営されました。

委員会は、デレクにカリフォルニアの法律下で認可を得ているではないかと主張しました。
1年以上たって、FFCHSはやっとカリフォルニアで法人格を取得することができました。

また、デレクは委員会で発生した事務手続きを決してシェアせず、結果報告もしませんでした。

新しい経理担当者が就任して資金管理をし始めると、ペイパルで受け取った資金が団体には入っておらず、その代わりずっとデレクに横取りされていたことがわかりました。
やっとのことで会員名簿のコピーを手に入れると、委員会は会費を払ったはずの会員たちの支払記録がずっとつけられていなかったことがわかりました。
それらの会員のうち何人かはFFCHSに寄付金を寄せていました。
でもお金はFFCHSに入っていなかった。
にもかかわらずデレクは経理担当者を名乗っていたわけです。

デレクは委員会からの度重なる要求にもかかわらず、当座預金口座とクレジット・カードの名義を彼の個人名からFFCHSに変更しようとしませんでした。

あらわになった、あらためるべきFFCHSでのデレクの頑固な態度と資金繰りの矛盾から委員会はとうとうデレクを代表の座から外すことを強いられてしまいました。
この措置は委員7人による満場一致で可決となりました。


 委員会は今もデレクのワンマン経営を非営利団体のFFCHSに変えるためにとっくみ合っています。
 この問題に決着がついたら、デレクはこの措置を委員会として組織に反する運営だとして、電話会議とeメール活動を彼の代わりに促進させて反撃を試みる気でいます。

何人かの会員はデレクが委員会役員を任命していて、そしてその役員たちが彼を裏切って彼に反対票を投じたものと思い込んでいます。
これはあきらかに違います。

委員会役員は法律に基づいて選出され、メンバーの座に座っているのであり任命されたのではありません。

委員候補者の委員としての地位は、委員会または被害者団体の有料会員からのノミネートによって成し得るのです。

 これらの候補者達は、そこで初めて履歴書を送るように誘致されるのです。
適任とみなされれば、その週の定例電話会議で行われる委員による面接のオファーが来ます。

そして委員が該当者に投票します。

委員会役員に選出されるには、委員数の2/3以上の投票数が必要です。

FFCHSは定款に基づいてアップデートされました。
委員会の運営はニュースレターに名前が載っていて、リンクが貼ってあるメンバーたちによって会員に提供されてます。
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●委員会役員による証言

ニュースレターを購読しているみなさまへ 

2005年にFFCHSが形成されてから今までずっと、デレクは経理担当者として、同様に代表として活動してきました。
今年の春、多額の助成金の交付を願って委員会は再編制が始まりました。

再組織への努力のひとつに本物の経理担当者の選出がありました。

デレクは当初解任に抵抗を示し、経理担当者へ資金管理を引き継ぐことを拒絶しました。

この間に新任者は、FFCHSは彼に所有権があるとしてデレクの名義で認可されていたこと、FFCHSの当座預金口座が非営利団体納税者番号ではなく、彼の社会保障番号で開設されていたことを発見しました。
その一方で、委員会は会員名簿のコピーを苦労して入手し、たくさんの善良な会員たちの会費支払記録がずっとつけられていなかったことを確認しました。
お金は消え、それについての説明はありません。
デレクの変革に対する抵抗は、彼と一緒に働くことをとても難しいものにしてしまいました。

残された最後の手段として委員会は彼を解任したのです。

デレクはその(解任の)会議が終わってもいないのに"さよなら"ニュースレターを送りました。
おそらくは委員会の措置に対抗する多大なサポートが生み出せると期待していたのです。
もっとたくさんの細かい話があるのですが、手短に言うとデレクの協調性の欠如が進歩を不可能にしてしまったという事です。

委員会は本当に仕方なくデレクを解任したのです。

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●FFCHSのみなさんへのごあいさつ

委員会のメンバーとして、私たち全員が先日の事件により突然新しいFFCHSを受け入れなければならなくなったことに失望し残念に思っています。
もうご存知の事と思いますが、 代表をその座から解任して、新しいFFCHSを作るためにエネルギーの方向転換を模索しなければならなくなりました。

デレク・ロビンソンの解任はもっとも難しい決断であり、安易になされたものではありません。
コミュニティに寄り添って前進するためには本当に他に選択肢がなかったのです。

私は10/31土曜日の電話会議には出席できませんが、委員会がみなさんの忍耐と共に組織を再建して改善するために熱心に活動していることを本当に知って欲しいです。

心からお礼申し上げ、みなさんそれぞれと共に活動することを楽しみにしています。
ご意見や質問がありましたらvsealy52@gmail.com.までお気軽にご連絡ください。