よく聞くはなしだが、いつまでも独身でいると身内がうるさいとか、結婚話を持って来るとか…。


ま、私は23歳から統合失調症だから、仮に、私が結婚を望んでも親は認めなかったろう。


の、前に、私の今までの人生において、結婚したいと思った事はない。子どもの頃から無いのだからなんの問題もない。


そもそもは私は子どもを産みたくなかった。高校生くらいの時から絶対に嫌だった。


もし、自分の子が自分に似ていたら、とても育てられない。当時、発達障害が一般に知られてない時代、医者も先生もだれもが、私を持て余していた。


グレたのなら、まだ、てのつけようがあったろう。

あいにく、グレてはいない。

どちらかといえば真面目な割と成績がいい、生徒会とかもやっていた子どもだった。

話せば、いっちょ前の事を言う。


でも、学校からはちょいちょい抜け出していた。家から学校へ行くと言って、登校せず街の市民図書館でサボっていたり…。同級生と騒いで授業を邪魔しても、テストは90点くらいとる。学校の理不尽な校則に怒った大勢の生徒達を率いて、校長室へ直談判しに行ったり…。それでいて保健室に休み時間はいりびたっていたり…。クラスの先頭を切っているかと思えば、仲間ハズレにあっていたり…。


側からみればとにかく訳のわからない子どもだった。


母も担任の先生も私の扱いに困りはてていた。

私を理解出来なかったのだ。


私も私自身に苦しんでいたし、さらに学校が嫌い。友人たちといるのがしんどい。家庭に戻れば父に虐待される。と、周りの環境も辛かった。


学校で楽しい事もあったと思うが、あまり覚えていない。


とうとう私は、17歳の歳、精神科クリニックにひとりで門を叩いた。


結局、そこでも私は、わからないと匙を投げられるのだけど。




この頃、私が思っていたのは、


大体、人というのは最低限、自分の面倒を見れればそれでいいはずなのに、私が面倒を見なければならないのは、どうして自分でも理解しがたい私という人間なんだ?と。



当時、家庭は荒んでいた。私は団欒という物を知らない。

家庭に温かみなどなかった。家事に子育てに母ばかり苦労している。父は家族のために何もしない、ただの暴君だった。


そんな風に多感な時代を過ごして、私は結婚に夢を持たなくなり、子育てなどするものではないと心に刻んだ。


ついでに私の父方も母方の親族、おじ、おば、従兄弟で幸せな家庭を築いているものの方が少ないのが、結婚するのが当たり前、結婚は幸せ、一人前いう感覚を無くしていた。


私の親族はあっちを向いてもこっちを向いても、不義の子供だの、行かず後家だの、出戻りだの、別居だの、仮面夫婦だのがゴロゴロしていた。


父方も母方もそうだから、病気にならなくても親族からの結婚への圧などなかったろう。



私の母からして、結婚したくなかったとたびたひ言っていた。父は思いやりのカケラもなく、良い夫でも父親でもなかったからだ。


そうこうして、高校を卒業し、大学も卒業して、私は裁判所Ⅱ種事務官になった。新卒で事件を担当し、将来的には書記官にと言われていた。


だが、そこで私はもろもろ原因はあろうが、ひどいいじめを男性職員達から受けた。


それで私は精神を病んだのだ。私は仕事を辞めざるを得なかった。


男などくだらない生き物だとさらに深く深く心に刻んだ。



そういう経過を経て、私は完全な独身主義者になったのだ。



ただお付き合いした男性は、多くはないがいる。

でもどの人も結婚したいとか、生活を共にしたいとか全く思わなかった。付き合って愛していたか?と考えるとすべてごっこ遊びではなかったかと思う。


セックスが最高の事という価値観の時代に若い時代を過ごしたから、彼氏くらいいないとね、セックスくらいしないとね、くらいの感覚しか無かったのだろう。



気がつけば、人を愛する力がないおばさんになっていた。


心の時間は高校生の時から止まったままだ。


だから私は未熟なのだろう。


余談になるが、病に倒れてのち、なんとか再起して、社会福祉士と精神保健福祉士の資格をとって、当時まだ珍しい当事者ワーカーになった。


が、上手く仕事が出来なかった。ソーシャルワークが苦手でクライアントから信頼されることはなかった。心に寄り添うという事ができなかった。

無能だった。


故に悩み、自分を追い詰めて精神病が悪化した。


40代で、発達障害の判定をうけて、アスペルガーだから生まれつきのコミュ障で、人の心がわからないから、福祉に最初から向いていなかったのだと分かった。だから福祉は廃業した。



長々と書いたが、まぁ、簡単に結論だけ言えば、私は発達障害と精神障害で、人並みの人生を送れなかっただけなのだけど。


今更、それをどうこうは思わない。


私にあたわった人生だし、ただ結果として独身主義者になっただけの話。



これは悲劇か?いや喜劇だな。