毎年減ってきている年賀状ですが、皆様方は抽選結果は如何でした

 

でしょうか?ということで、我が家の年賀状抽選結果のご報告です。

 

ラインでの年頭挨拶や、昨年の賀状で年頭の御挨拶は今年限りとか

 

言う方も増えたりしている年賀状情報ですが、我が家の様子をご紹介

 

させて頂きます。

 

今年も私の高齢化に対するご配慮や、相手さまのご都合など年々減っ

 

ている年賀状です。

 

それでも、これも正月の楽しみの一つと毎年チェックしています。

 

何とやはりちゃんとチェックは必要と感じた年賀のご報告です。

 

結論から言うと3等、2等各1枚というのがチェックの結果でした。

 

先ず2等当選ですが、何と当選番号が我が家の固定電話の番号と同じ

 

”5037”が2等当選の番号でしたが、私は「あれ?この番号って固定

 

電話の番号だと気付いたのでしたが何と我が家の固定電話の番号と同じ

 

番号でしたが、こんな偶然ってあるのですね。そしてもう1枚は3等でし

 

たがこの賀状の発送人は、新八爺さんが咎めを受けなかった理由の、我

 

が家から最後の殿さまになった藩主の母親が生まれた直後に亡くなった

 

幼い藩主の養育をした元長倉勘子の墓がある北海道松前町の藩主墓所の

 

あるお寺の住職さんからの賀状も、当選番号の一つでした。

 

世の中ってあり得ないような出来事があるものだと、感心したり驚いた

 

りした年賀状開票の結果でした。

 

2等は景品もいりいろ有るのでまた娘宅とも相談の上、分けて食べられる

 

ものを何と考えているところです。

 

 

 

かなり前になりますが、昨年の岡山の山林火災ですが、出火原因は

 

たき火と岡山市消防局が特定しました。

 

岡山市南区で発生した山火事ですが、実は私にとってもかなり気を

 

もんだ出来事でした。

 

ご存知の方も多いかと思いますが、我が家は幕末時点から東京でし

 

たが、第2次世界大戦の空襲から逃げ出して移って来たのが昔祖母の

 

生家もあった岡山でした。私も20歳過ぎに岡山市に転居して、父親が

 

亡くなって以後に、母は墓参に東京に行けると言っていたのですが、

 

結局私が移り住んでいた岡山に墓も移したのでしたが、2晩連続で夜走

 

りして墓も移したのでした。その墓所から400㍍余り離れた場所が山火

 

事の現場だったので、随分気を揉んだものでした。

 

その出火原因がたき火と特定されたのでした。

 

墓の運搬の日は、ちょうど隅田川の花火大会当日で、墓石はライトバン

 

に積んだものの、早く出発しないと都内から出られなくなると急かされ

 

ての出発でしたが、帰りはハンドルを持つと言っていた墓石屋は、スタ

 

ート前に「飲兵衛さん」になってしまい、結局往復ハンドルを持つ羽目

 

に成っちゃいました。岡山~東京を往復ハンドルは結構厳しかったですが、

 

それだけ先祖孝行にはなったのでしょうネ。そんな感じで持ち帰った先祖

 

墓でしたが、その後供養碑を建立したりして今に至っています。

 

それでも風向きなども随分気を揉みましたがお陰様で山火事の影響はあり

 

ませんでした。類焼も鎮火直後より少し増えましたが、我が家の関連は無

 

事でした。でも、延焼中の基幹は20日間とかなり気を揉みましたが、無事

 

鎮火で何よりでした。

 

以上か再関連のその後の様子のご報告でした。今も山火事の情報もありま

 

すが、早期の鎮火を望んでやみません。

今年になって半年ですから、新年挨拶は省略しますが、新春からす

 

でに半月経っちゃいました。

 

というのも昨年末からちょっと体調がおかしくなり、何度か掛かり

 

付けの病院に駆け込んだのですが、何と肺に水が溜まっていました。

 

1度行ったら肺に約1㍑余りの水が溜まっており、即日撤去して頂

 

きました。

 

翌日はいつも通りデイケア―に行ったのですが、到着間なしに病院

 

から連絡があり、「明日念のためもう一度検査」となりましたが、ド

 

クターの話では、時たま水を吸引した後に即刻溜まるケースがあると

 

のことでしたが、2回目の吸引の様子では大丈夫だろうとのことで、

 

約50CO㏄足らずですが吸引してきました。

 

その後は順調にいっていますので一安心ではと思われます。

 

ブログ休止のお詫びと近況報告でした。

 

一応生きていますので近況のご報告とお詫びでした。

ブログも暫く御無沙汰して済みませんでした。

 

実は年末間際になり、体長を崩してしまい、すぐさまかかり付けの

 

病院に駆け込んだのでしたが、結局肺に水が溜まっているようだと

 

なり昼食をはさんで再検査の結果水が溜まっているようだとなり、

 

詳細調査の結果、溜まった水を吸い出すことになりました。

 

結局約1㍑余りを吸出したのでした。ただ、即内容物の検査は出来

 

ずに1日置いて結果を聞きに行ったのでした。

 

その結果としては、内容物(拠出液)には有害な物質は無さそうだ

 

という結果になり、再検査の結果を年明けにもう一度聴きに行くこ

 

とになりました。

 

現在は体調もかなり戻ったようなので、年明けには復帰という見通

 

しになりました。

 

取り急ぎ近況のご報告をもうしあげます。ご心配をお掛けして申し訳

 

ありませんでした。

 

イタリア野菜を特産品にしようと、岡山県小田郡矢掛町で取り組みが

 

進んでいます。手掛けるのは矢掛町とJA晴れの国岡山矢掛アグリセン

 

ター(矢掛町小林)です。東京五輪・パラリンピックでイタリアのホス

 

トタウンとなったのを機にプロジェクトを始めた。大阪・関西万博の

 

イタリア館に”野菜畑”を出展するなど成果も順調で、生産力強化や販

 

路開拓に向け、策を練っています。

(この記事は11月17日の【山陽新聞・全県版からの御紹介記事】です。

 

「試行錯誤しながらも、イタリア野菜の作り方が分かってきた」

 

プロジェクトのスタートから携わる農業高月周次郎さん(75)=矢掛町

 

浅海=は10月中旬、ハーブの一種「フェンネル」や葉キャベツの「カー

 

ボロ・ネロ」の畑を見やり、手ごたえを語った。

 

計5㌃の畑でトマトやナスも含め、8種類を生産。将来はパスタの具材

 

などに使われるアーティチョークの出荷も目指しています。

 

生産者組織の代表も務めており、「講習会を通して仲間と技術向上に努め

 

ながら、矢掛を育てたい」と意気込んでいます。

 

イタリアとの縁は、町内の古民家を再生した宿泊施設が7年半前、同国の

 

民間団体から分散型ホテルと認定されたことに始まる。

 

そういったつながりもあり、2021年の東京五輪・パラリンピックのホスト

 

タウンに立候補。新型コロナウイルス禍で直接の交流は出来なかったが、町

 

内の農家が丹精したアスパラガスやズッキーニなど6種類約410㌔の野菜を埼

 

玉県のキャンプ地に届けた。

(この記事は前述のつながりから、今に至っているという思いでが有ったので

す)

 

 

岡山県勝田郡奈義町は、リモコン式草刈り機を町内全19地区を全19

 

地区を対象に永年貸与する事業を進めています。購入費の大半を町が

 

負担して普及を促進。過疎、高齢化で除草作業の担い手が不足する中、

 

労力を軽減し、農地の維持につなげます。

(この記事は11月15日の【山陽新聞作州面】からの御紹介記事です)。

 

先ずはPCのご機嫌が悪く遅れた公開で申し訳ありません。

 

本文ですが、導入を希望する地区に葉460万円を上限に、町が地区の面積

 

や人口に応じて購入費用の98~95%を支払って貸与する。機種や台数は問

 

わない。

 

リモコン式草刈り機はゴム製無限軌道で勾配がある田畑ののり面も自走でき

 

ます。機種によっては150㍍以上離れた場所から遠隔操作出来るが、価格は数

 

百万円と住民が自力で購入するのは難しかった。町は除草作業の人手が足りな

 

いとの声を受けて今年7月に事業をスタートした。

 

久常地区(121世帯)は8月中旬から約300万円の機種を1台取り入れ、地区の支払

 

いは8万円で済んだ。地区内共有の倉庫で保管し、利用を希望する住民は燃料代

 

を負担する。肩掛け式では丸1日かかっていたのり面の刈り取りも約2時間で終了。

 

地区の今井知房さん(67)は「リモコン式は個人では手の届かない価格。この速さで

 

作業が終われば人手が少なくても大丈夫だし、マムシにかまれる不安もない」と喜

 

ぶ。町によると、11月中旬現在、7地区が制度を利用して購入し、本年度末までにさ

 

らに11地区が導入予定です。町産業振興課は「草刈は農地の維持に欠かせない作作業

 

だ、猛暑が続く夏場は負担が大きい。負担を軽くして農業の担い手確保にも結び付け

 

たい」としています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奈義町は、リモコン式草刈り機を町内全19地区を対象に永年貸与する

 

事業を進めています。購入費の大半を町が永年貸与する事業を貸与す

 

る事業を進めている。購入費の大半を町が負担して普及を促進。過疎、

 

高齢化で除草作業の担い手が不足する中、労力を軽減し、農地の維持に

 

つなげます。

 

納入を希望する地区には460万円を上限に町が地区の面積や人口に応じて

 

購入費用の98~95%を貸与します。機種や台数は問いません。

 

(この記事は11月15日の【山陽新聞作州面】からの紹介記事でした)

津山市は11月13日、路線バスの運転手不足対策の一環で自動運転バ

 

スの実証実験を市中心部で始めました。24日まで公募した市民らを

 

乗せながら運行し、安全性や課題を検証。2028年度から特定条件下、

 

無人運転できる「レベル4」の岡山県内初導入を目指します。

(この記事は【11月14日の山陽新聞エリア広域面】からの御紹介です。

 

実験はJR津山駅(津山市大谷)-グリーンヒルズ津山リージョンセン

 

ター(津山市大田)間の往復約10キロで計8日間実施します。電気自

 

動車(EV)の中型車両(定員15人)を使い、運転手が補助しながら走る

 

「レベル2」で時速35㌔以下を保ちながら1日4往復します。

 

車両は衛星利用測位システム(GPS)と3D(3次元)地図データでル

 

ートを確認。車体に搭載した計28台のカメラやセンサーで障害物を検

 

知し、自動回避する機能を備えます。運転手はハンドルやアクセル、ブ

 

レーキを操作せず、歩行者の飛び出しや車両の急な割込みなど自動運転

 

での対応が難しい場合は手動に切り替えます。

 

初日は関係者が試乗。車両は前方の車の動きや信号に合わせてスムーズ

 

に減速、停車しました。乗車した谷口圭三市長は「通常のバスと変わら

 

ず乗り心地が良かった。運転手不足解消の一助としたい」と話していま

 

した。

 

実験の事業費は6500萬円で割を国の補助金で賄う。津山市は26度以降も

 

同じルートで継続し、27年度は一部区間で「レベル4」の走行に取り組

 

みます。

 

市内では運転手不足の影響で、中鉄北部バス(津山市津山口)が運行する

 

コミュニティーバス「ごんごバス」6路線のうち3路線が10月20日から大

 

幅に減便しています。

この記事は児島の殺人事件の続報ですが、いわゆる3面記事ではな

 

いので、これまでの記事の感じとはちょっと書き口が異なりますが

 

お含みおきください。というのは、山陽新聞の児島支局長の【編集

 

ノート】からの御紹介きじです。

(この記事は11月30日の【山陽新聞・編集ノート】からの紹介です)

 

亡くなった従兄のことを思いながら、大事に育ててきた庭のハナモモ

 

が今年も花を咲かせたといいます。

 

1995年4月28日未明、倉敷市児島地区の農業角南春彦さん(当時70歳)

 

方から出火、母屋と納屋などが全焼し、焼け跡から角南さん夫妻の頭部

 

のない遺体が発見された。

 

当時、倉敷支社(現倉敷本社)に勤務していた現児島支局長は上司の指

 

示を受けて現場へ向かった。原形をとどめないほど焼け落ちた角南さん

 

の自宅跡。カメラのファインダー越しに見たその光景は、30年を経た今

 

でも脳裏に刻まれている。

 

2人の十とい命が奪われた放火殺人事件は2010年の公訴時効成立直前、

 

殺人罪などの事項を撤廃する改正刑事訴訟法が施行され、岡山県警は現

 

在も捜査を継続。毎年4月末にはJR児島駅などで情報提供を呼び掛けてい

 

ます。

 

その活動を報じる記事を見て連絡をくれたのが岡南支局(当時)勤務時に

 

知り合った長倉達郎さん(88)=岡山市南輝。いとこの春彦さんとは一回

 

りほど年が離れていたが、一緒に暮らしたこともある間柄で親しかった。自

 

宅の庭のハナモモは事件後、春彦さんの兄から「花が咲いたら思い出してや

 

って」と託されたものだった。

 

10月末、26年前の1999年に発生した名古屋市の主婦殺害事件で容疑者逮捕

 

のニュースが流れた。数年前から自らのブログで春彦さんのことを発信し続

 

けている長倉さんは「30年が経過し完全な解決は難しいかも知れないが、彼

 

の無念を忘れてもらいたくない」と語る。

 

岡山県警によると昨年度までに282件の情報が寄せられたが、近年は年間1桁

 

台に留まります。報道に携わる者として改めて「伝え続ける」ことの大切さ

 

を胸に刻みたい。

JR各社や各地の駅弁業者が、駅弁を国の登録無形文化財にしようと

 

取り組んでいます。鉄道の高速化による移動時間の短縮やコンビニ

 

の普及から事業者は最盛期の約2割まで減り「存続の危機」(JR関係

 

者)にあります。今年は駅弁が販売されて140年の節目にあたる。独

 

自の製法技術や郷土料理の伝承を担ってきた文化的価値に着目し、再

 

興を図ります。

(この記事は11月9日の【山陽新聞経済面】からの御紹介の記事です)

 

アナゴの皮目が焼け,じゅわじゅわという音と共にたれの香りが漂い

 

ます。JR広島駅構内の売店に備えられたガラス張りの調理場。名物の

 

アナゴの駅弁を製造・販売するのは、1901年創業の「広島駅弁当」(広

 

島市)です。

 

登録無形文化財化を発案したのはJR西日本、鉄道文化推進室担当課長の

 

奥山義文さん。広島駅弁当に出向していた2023年、代表の中島和雄さん

 

が「全国で均一的においしい商品を提供するコンビニは文明で、地方ご

 

との特色ある食を提供する駅弁は文化だ」と話すのを聞き、駅弁を掘り

 

下げて調べようと思い立ちました。

 

調査は24年度の文化庁事業に採択され、1年かけて報告書にまとめました。

 

郷土料理は食材が取れなくなると消滅する事例がある中で、駅弁は材料の

 

産地を変えながらも味や調理法を守って存続してきた歴史を追った。

 

また作るのに手間がかかる郷土料理は家庭の食卓に上がる機会が減る一方で、

 

駅弁が地元の食文化に触れる機会になっていることを、消費者へのアンケー

 

トなどから発見した。中島さんは「郷土料理の伝承との関係については考え

 

たことがなく、改めて認識できた。鉄道の資産とも言える駅弁を次の世代に

 

引き継ぎたい」と語ります。

 

JR駅構内で営業する駅弁事業者などで構成する日本鉄道構内営業中央会によ

 

ると会員数は1967年ごろ、最も多い約400社あった。日本の人口が1億人を超

 

え、集団就職などで鉄道利用が増えた頃です。

 

現在、会員数は82社にまで減った。運行効率化で停車時間が短くなり、ホーム

 

での立ち売りがなくなったことも要因だ。

 

最近ではコメなど食材価格の高騰が業績を圧迫する。広島駅弁当では、広島・宮

 

島名物のしゃもじの形をした容器にカキをふんだんに詰めた「しゃもじかきめし」

 

が人気だったが・容器とカキも値上がりし24年9月から販売を見合わせている。

 

文化庁の事業は2年目に入った。全国の代表的な七つの駅弁事業者も活動に加わり、

 

JR西日本を中心に北海道、東日本、東海、四国、九州も情報発信に協力する。駅構

 

内の売店で駅弁の歴史や各地の名物などを発信するパネルを掲げるなど駅弁業界を

 

盛り上げ、鉄道の利用促進にもつなげたい考えです。奥山さんは「駅弁を新しい切り

 

口にして、現地に行きたくなる仕組みを作るのが鉄道事業者の役割だ」と意気込みを

 

語っていました。

 

 そんな中ですが、我が家の近くのスーパーさんでも「駅弁まつり」という催事があ

 ったりしていますが、以前家内と「駅弁も良いネ」なんて言って購入したのですが、

 その日の夕食に弁当を開けたら、ちょうどブラウン管の向こうでも「日村さん」が

 同じものを食していて、家内と顔を見合わせた、という経験もありましたヨ。