心を調える内観術のヒミツとは!?

瞑想を効率的に行い、内面の変化を促す方法。

 

 

仏教における”悟り”のための観想法

四念処(身念処、受念処、心念処、法念処)

 

 

仏教の瞑想法である止観行には、

止と観の部分があることを述べました。

観行の方は、目的や視点を持って行わなければ、

心が定まらないまま、

フワフワして終わってしまうことがあります。

 

 

ですので、そのために、

観ずる事象の対象や視点を

明確にすることが大切になります。

 

 

仏教の用語に、

「四念処」というものがあります。

ヴィパッサナー瞑想などを行う際に、

指標となる観想法になります。

 

 

ここで、最初に用語の確認をしておきます。

 

 

ネットで検索すると、四念処とは、

三十七道品 (ほん) という修行法のなかでも、

最初の修行法に位置付けされるものです。

 

 

以下の4種類の観想法に分かれています。

身を不浄とする身念処、

感受するものすべて苦とする受念処、

心は無常とする心念処、

法は無我であるとする法念処の四つをいう。

(出典:デジタル大辞泉(小学館

 

 

また、観想とは、

特定の対象に向けて心を集中し、

その姿や性質を観察すること。観念。

(出典:デジタル大辞泉(小学館

 

 

という意味になります。

このように順序立てて、

心身の不浄を感じた後に、

より深い世の中の心理を

洞察していきます。

 

 

内観術でも同じように、

自分の心を順番に見つめていきます。

 

 

まずは、自分の心身の状態を観じます。

つぎに、自分の心が触れたことや、

感じていたことに視点を当ていきます。

 

 

その際に、情動を感じてしまった時、

自分が思い通りにならなかったことに対して、

どのような反応をしていたのかを思い出していきます。

 

 

改めて、客観的に振り返って見れば、

その時には、色んな感情が、

心の奥底にうごめいていたと感じることができます。

 

 

そして、最終的には、

自分はどのようにしたかったのかという

本当の願いと、どうしてうまくいかなかったのかを

腑に落とすようにします。

 

 

誰が悪いとか、誰かのせいだとか、

犯人探しや、間違い探しをするのではありません。

自分の中の心情をよく知ることによって、

偏っていた気持ちや考え方を取り替えて、

視野を広げてあげる感覚です。

 

 

今まで、顕微鏡で見ているところが違っていて、

別の箇所を見るようにしたり、

倍率そのものを小さくしたりして、

見える範囲を変えてあげるようなことに

似ているのかもしれません。

 

 

視点が変われば、

人の見方も変わっていきます。

円すい形もしたから見ればまるですが、

真横から見ると三角形になります。

 

 

人も視点をかえることによって、

全く別の一面をみることができるように

なっていきます。

 

 

特に心の内面を見る時には、

形のないものをみているので、

言葉や動きにして、目に見える形に

「見える化」することが必要になっていきます。

 

 

全てを内面の精神的な作業で

終わらせようとしてしまうと、

達人のような集中力が必要になってしまいます。

 

 

精神的な作業をつづける場合には、

何をどうしたいのかという出口と、

どうやってすればよいのかということを

決めてから始めないと、

永遠とさまよってしまうことになります。