ジャンクなブログ

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真面目なことを、軽々しく書いてみようかなと思ってます。

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「問題を分かった上で、前向きに捉えようぜ」ってことなんですな。

いやぁ。恥ずかしいほど理想主義。ウブですな。でもいいじゃない。理想がなきゃ、現実は変わんないよ、なんて言ってみる。

そもそもは、日本はこれからどうなるべきか、を考える文章にしたいと思ってたこの文章。あとがきでちょっと僕の意見を語っとこう。

日本はこれから、もっと「国際協調」ってのを前面に押し出していかなきゃいけない、ってのはもう言ったよね。これは、資源がなく技術しかない、っていう日本の現状を考慮した物だけど、実は、日本が持ってる物ってそれだけじゃなかったりもする。民主主義国家として成熟した社会を持ってるってのも物すごい財産なんだ。安心して将来のことを悩める環境にあるってのは大きい。もちろん、成熟した社会、っていう日本にも問題はある。高齢化社会やら環境問題やらなんやら。環境問題は、もう日本だけの問題じゃなくて、世界共通の課題だけど。高齢化社会もかな?

未だかつてこんな問題は発生しなかった。未知の問題なんだと思うね。でも、日本には、それらに対処しようと努力できる余裕がある。できることはやらなきゃいかんでしょ。ま、もうやってんだろうけど。

未知の問題ってことは、見習うべき前例がないわけだ。ということは、自ら決断して行動していかなきゃいけない。そんな環境に置かれている日本は、これからはもっとフレキシブルに、柔軟な、そして重大な決断を下せる政府をもたなきゃいけないと思うんだよね。

それで。ここからが大事。

こういった問題にどう取り組めばいいのか、対処すればいいのか、を日本が見出していくことによって、世界の中でのロールモデルになり得ると思うんだ。ピンチはチャンス。

日本だけの問題じゃない、全世界的に取り組まなきゃいけない課題だからこそ、「国際協調」を国の外交の主軸とすべきだし、その中で重要な役割を担うっていう覚悟が必要なのかもね。

だからこそ、日本国内の問題だけを議論しておけばいい、なんていう今までのやり方はだめなんだと思う。PKOとか集団的自衛権の問題だとか。「憲法の解釈では・・・」とかいろんな議論をして、PKOに自衛隊を派遣できる、できない、みたいな議論をしてる場合じゃない。そんなのは日本国内だけの問題だし、他の国からしたら、何やってんの?って話でしょう。周りから必要とされてるんなら、やるべきでしょう。周りからじゃなくても、世界のどこかに問題が起きて、世界の関心がそこに向いてて、日本にできることがあるなら、やるべきでしょう。そういった一つ一つの積み上げから「国際協調」の輪の中で重要な存在になっていくんだ。

世界はもう、複雑なくらい絡み合ってて、繋がりあってる。まさに相互依存。

ゼロサムゲームをできる世界じゃなくなった。

中国の危うさってのは、ここにあるんじゃないだろうか。「大国主義」。自分だけの利益を求めるんじゃないかって。今後中国はどうなるんだろうね。こればっかりは分かりません。でも、日本だけじゃなく、世界の国々は中国が利己主義に走らないように対応していかなきゃいけないってことだけは明確だね。


といった感じなのかな。



ホントに第終章  あとがき  その2



あとがきで結構がっつり書いてしまった。だから、あとがきその2。この文章を書いとことについてまとめましょう、ってな感じ。

正直言って、ここに書いたことって、今まで僕が積み上げてきた考えとか、学んだ考え方の中で、最初に「これを伝えたい」と思った半分も書ききれてない。最初は、外交についてもっとテーマごとにまとめて行きたいと思ってたんです。それが、筆の向くままに書いたらこんなことになっちゃった。

でも、それでも、この文章にはある程度満足できてます。

結局、僕がどう世の中を見ているのか、その考えであったり、その視点の置き方、であったりを文章にしようと思ってたからね。具体的な出来事について述べたところはほとんどないから、ちょっと抽象的すぎて、そんで、結構ビッグマウスな事を言ってるとこもあるけど、そこはご容赦ください。

でも、言い訳じゃないけど、大学生っていうステージは、4年間大学生をしてきた今思うに、その後の人生をどんな価値観で生きていくかを確立する段階何だと思うんだ。だから、抽象的でかまわないんだ。社会人は、その考えやらなんやらをどう実現していくか、っていうステージなんだろうな。


僕は、生きる中で出会う物事や考え方に関して、自分がどう考えるか、どう感じるかを、これからは大事にしていかなきゃいけないと思うんだ。それから、何を信じて行くかってこともね。

自分って言う人間は、大学4年間だけじゃなく、今までの人生の中でそういう考え方、っていうのか哲学をもって生きてきた。そして、そんな自分に十分満足してる。だから、これはこれからも変わんない。

この文章で述べたことは、僕がこれからの人生で「こんな感じで物事を見ながら生きていきますよー」っていう宣言文だと思っていただきたい。


まだまだ、書き遺したことがずいぶんあるし、「まったく外交ってことを深く書いてないなぁ」なんて事も思うけど、この文章はここらへんで切り上げるのが潮時かな。

これを読んでくれた人には、感謝でいっぱい。あわよくば、何らかの知的な刺激を与えれたことを望むけど。これを読んだ人には、感想とか聞いてみたいなぁ。

まぁ、とりあえずこんなところで、終わりとさせていただきます。お後がよろしいようで。おしまい。








日本の外交について、なんでこんなに弱気にやってんだ?だとか、日米安保なんてアメリカの属国じゃん、だとか思う人は多いと思う。要は、何をやりたいのかわかんない、ってことなんだと思う。

どんな国でありたいのか、ってとこが見えないのが、結局政府への不信感だったり、不支持になってんだと思うんだよね。それは全くその通りなんだとは思う。


でも。


これは、今までの繰り返しになっちゃうけど、その不安感とかの元凶の「意図の不明さ」っていうのかな、これって政治家だけの責任じゃない、ってことを僕ら国民がは知らなきゃいけない。国民が、日本はこういう国であって欲しい、という物を持ってないといかんと思うんだ。


沖縄の基地問題ってのも、一見すれば沖縄だけの問題に見える。けど、そこにはもっと「本土」に住む日本人たちも考えなきゃいけない物がある。日米安保体制をどうするのか、という根本的な問題だ。


沖縄の基地は、日米安保体制のキーポイントなわけだ。そして、その基地を無くせばいい、なんて論調もある。簡単にいってくれるよね。だって、それは日米安保体制解消ってこととほぼイコールなんだから。本州のどこも基地を受け入れる気はないし、そもそも、沖縄から移すことは、所謂「バランスオブパワー」の観点からナンセンスだ、とアメリカは考えてるんじゃないだろうか。中国の軍事上の存在感はもう東アジアでは無視できない。


もし、アメリカ軍基地を無くすってことは、日本の国防を、自身が行わなければならないってこと。その財政的な余裕も、政治的な余裕もない。日米安保体制を解消しようなんてみんな思っちゃいないだろう。思っている奴は、みんな日本が本格的に軍隊を強化すべき、と主張するのだろうか。


それは、あり得ない選択肢だ、と僕は思っている。


日本はそれによって何を得るのか?


何も得ない。


無駄に、東アジアに混乱をもたらすだけ。中国も韓国もその他のアジアの国も警戒するだけだろう。そして、日本が得るのは、自分で国を守ってるぜ!、というメンツだけ。そんなメンツやらプライドは捨てればいい。自分の国を自分で守れない国なんか、国じゃない、っていうかもしれないけど。そんなのただの感情論。中国に経済的に追い抜かれた、軍事面では不完全な国防体制だ、とかとか。そんな不満ばっかをずっと日本は言ってるよね。危機感だけ持ってる。マスコミが、「危機だ!危機だ!」って煽ってる面もある。経済大国じゃなきゃいけない、自分の国は自分で防衛できる国じゃなきゃいけない、なんていう思い込みを捨てなきゃいけない。この考えは、第二次世界大戦にのめりこんでいった時の日本とよく似てる気がする。危うくないかな。



沖縄の基地問題について、ちょっと補足。

選挙で、民主党が、鳩山由紀夫がマニュフェストで掲げた、沖縄の米軍基地を最低でも県外に移す、というのは全くもって素晴らしい。素晴らしかった。でも結局はキャンプシュワブっていう、元の鞘に戻った。(沖縄の基地の問題、特に住宅街に囲まれた普天間基地はすぐにも移設すべき。でも、その移設先を現状の東アジアの情勢、日本国内の情勢を鑑みるに、キャンプシュワブに移すというのが唯一の解決策なんだろうとは僕も思う。「本土の人間らしい」結論だと思うし、沖縄人の人には申し訳ないとは思うけど。)


ここで言及したいのは鳩山由紀夫という総理大臣について。

彼ほど、自分のやりたいことを明確に宣言して、かつ実行しようとした総理大臣は最近はいなかったように思う。さかのぼると小泉純一郎がそのタイプだった。小泉さんと鳩山さんの違いは、掲げた目標が、国内限定の目標だったか、外交という自国以外の相手がいた目標だったか、というところだった。小泉さんはその目標を達成した。(その結果については、賛否両論あるとおもう。どちらかというと悪影響のほうが大きいのかな、と思うけど。)対して、鳩山さんは失敗したよね。基地問題っていう難しい課題だったのが失敗の原因なのは間違いない。厳しい見方をすると、正しい、美しい目標だったとは思うけど、それを実際に実現する方法を持ってなかった。そして、沖縄の国民に大きな期待を持たせてしまった。もしかしたら、パンドラの箱だったかもしれないね。これから、基地問題に関してどんな発展を見せるにしろ、沖縄の人たちの求める成果の最低ラインが「基地県外移設」っていうところになってしまった。なんとか我慢していたものに抑えが利かなくなったってことかな。


このことから僕が思うのは、総理大臣、与党という権力につく以上、言葉には具体的な方策をもって、見通しを立てていなければいけないんだな、ってことだった。まぁこれは当たり前と言えば当たり前なんだろうけど。でも、そんな政権が日本に多いのも事実だったりする。


そして、もうひとつ。自分のやりたいことを明確に打ち出す総理大臣には、高い支持がつく、ってことだ。その後の推移で、もちろん支持率なんてのは変わっていくだろうけど。これは、総理大臣だけでなくて、どんな組織のリーダーにもいえるかもしれない。


日本の総理大臣で、こんな「手法」で臨む人って少ない。みんな何がしたくて総理大臣になってんのかわかんない人だらけだからね。総理大臣になることが目的で、なったあとに何がしたいかがない人が多かった。自民党政権末期には特に。

個人的には、鳩山、小泉のようなやりたいことを明確にする総理のほうがいいと思ってる。そうじゃないと、これからの時代で日本は落ちて行くだけなんじゃないだろうか。なぁなぁでやっていける時代じゃない。

  


今の日本は危機的でも何でもない。そう自分を認識することがスタート何だと僕は思う。

今のままでも満足。

だけど。

もっといい国にしたいから、なりたいから、じゃあどうしようか


こう思う事から始めなきゃいけないんだと、信じてる。結局、日本って今の今まで、自分の国を肯定的に捉えたことがないじゃないか。明治時代からずっと。他を羨んでばっかりで、いっつもあせってる。


「他人の芝は青く見える」


全くその通り。いっつもあせってるから、「なんとか今を変えなきゃいけない。今の日本じゃ駄目なんだ」って言いながら変なことばっかりやってる。あせってるから、行き当たりばったり。目の前の事に一生懸命で、その先が見えてない。それが太平洋戦争にまでなっちゃう。その危機感というか、一生懸命さが、高度経済成長を支えて、今の日本を形作ってるんだとは思うけど。

でも、もうそんな段階は日本はクリアしたでしょう。がむしゃらだけじゃ何もできない段階まで成熟したんでしょう。そろそろ、落ち着いて、「日本はこうなったら今よりもっと良くなる」っていう将来への見通し、希望を持ちましょうよ、と。


日本は今でも、世界の中では十分富める国。発展した国。他国から目標とされる国。


世界を引っ張っていける国、ということを自覚するってこと。じゃあ、世界はこうあるべきだ、というのをもっと明確に発信するべきだろう。その世界の中で、日本はこういう役割を果たしていきたい、とはっきり言うべきだろう、と思う。

そして、日本が目指すものはやっぱり、平和憲法として名高い日本国憲法を掲げた「平和国家」ということじゃないかな。「国際協調主義国家」とも言うべきか。
























今の日本の外交って、何を目的にやってるのかよくわかんない。そう感じてしまう。

ニュースとかが取り扱う問題が、国内の政治闘争みたいなものばっかりやるから、ってのが真相なんだろうけど。

ここでひとつ、今の日本のメディアにも疑問を感じざるを得ないよね。特にテレビには。もちろん他にも、新聞とかインターネット媒体で目にするような情報に関しても言えることだろうけど。メディア、と一言で言ってもそこには色んな役割がある。報道、っていう側面だったり、エンターテイメントっていう側面がある。ここで特に思う事があるのは、報道の面なんだ。

「何を報道するべきかの取捨選択がおかしくない?」

僕はそう感じる。そして、

「日本の報道は問題の本質を見ていない」

とも思う。報道の本質は、何を、どう、視聴者、情報の受け手に伝えるか、なんだと僕は思う。その意味で、僕には日本の報道機関は役割を果たしてないんじゃないか。

はっきりいって、日本の報道は何をしたいのかわからない。だいたい、朝一のニュース番組で、芸能人が問題を起こしました云々、やってるのっておかしくないかい?ここで僕が頭に浮かべているのは押尾学だったり、市川海老蔵だったりなんだけど。たしかにこういった種類のニュースって、とてもキャッチーだけど。そんで、もしかしたらニュースを見る側が求めるような「面白さ」を持ってるけども。

こんな物は、ニュースでも何でもなく、ただの芸能界ゴシップでしょう。昼のワイドショーでやっときゃいい。そういうのを平気でNHKとかが早朝のニュース番組でやってたりする。他に日本についてもっと考えにゃならんことが有るでしょう、となんか悲しくなっちゃう。面白い番組作って、視聴率取んなきゃなんない、なんていう業界のルールみたいなものがあるんだろうけど。まぁ、報道って呼ばれる、世界の動向だとか、外交問題だとかは、はっきりいって「面白さ」ってのからは無縁だからね。どうにかして面白くしようとしてんだろうけど。ニュースを読むアナウンサーに女子アナとかを配置してね。まずは格好から。そんで、キャッチーなニュースをトップに持ってくる、と。押尾学事件しかり、海老蔵事件しかり。それで、たくさんの人が見てくれれば目標達成。おめでとさん。

報道って自認しといて、それでいいのか?

僕は、報道論というか、メディア論?を専門に勉強してきたわけじゃないけど。ましてや、他国のメディアと比較して日本のここがこうなってる、とは言えないけど。日本の報道は、おかしいと思う。

言ってしまえば、一つ一つのニュースの扱いが「浅い」んだ。

ニュースの素材を取ってきて、その事実をそのまま伝える。事実を、起きたことをそのまま伝える。今の報道はそんな感じ。それでいいじゃん。って思ってる人もいるかもしれない。でも僕は違うと思う。

事実を、起きたことをそのまま伝えるだけじゃ、意味がないと思う。それは、歴史の教科書みたいなものじゃないか。ニュースを見た=ニュースを知ってる、じゃだめなんだ。知識として知ってる、じゃだめなんだよ。

ニュースを理解しなきゃいけない。起きた出来事が何を意味するのか。そこを知らなきゃいけない。

ニュースになるようなことって、だいたい人が何かをしました、どこかの国と国がこんなことをしました、ってことだよね。としたら、そこには、「その行為をしようとしたアクター」がいて、そこには「意図」がある。その「意図」を読み解かなきゃいけない。そして、その出来事から派生する影響、結果ってものがある。それは、出来事が起きた時点では何もないかもしれない。だからこそ、その「出来事」が起きた、って情報から、その先に起こるであろう、起こるかもしれないものを読み解かなきゃいけない。そういった、「ニュースをどう読み解くか」までをやって、初めて報道とよべるんじゃないかな、と僕は思う。

もちろん、事実だけを伝えて、見る側がそういった「読み解くチカラ」を持っているなら、それでいいんだとは思う。けど、日本って、そんな国じゃないでしょ?

だとしたら、やっぱりメディアがそこの部分までカバーすべきなんだと思う。そうすることで、見る側も自分の考えに合うようなニュースの見方、を持てるようになっていくんだと思う。メディアは、自分たちが何を、どういう風に伝えるか、で見る側に大きな影響を与えることができる。考え方、とか見方、という意味において。

ここでふと思うんだ。メディア自身が、そんなことができる、と思ってもいないのかも、って。自分の持つチカラに気付いてない。大きな力を何の意識もなく使っている。あまりに無自覚。日本の投票率だとか、政治への関心が低いとかいう問題は、全部とは言わないまでも、かなりメディアの責任があるんじゃないか。なんたって、日本国民はどう考えていいかわかんないんだから。何をどうとらえればいいかわかんない。だから、全部同じに見える。別に投票行かなくていいか、ってなっちゃう。

もちろん、国民が考える力をつければいい、ってことなんだけど。でも、今の日本の教育制度じゃ駄目でしょう。なんせ、知識しか教えないんだから。なんてったって、ペーパーテストが大事だからね。用意された答えを書くことが大事。面白い発想だとかはお呼びでない。教えられた事をそのまま覚えなきゃ、評価されないんだから。

これは、教えられる側だけの問題じゃない。教える側もそんな教育で育った来た人たち。なら、自分が育ったような教え方しかできないでしょうよ。

と、毒づいてみたんだが。まぁ、確かに知識は土台として、常識として必要なんだろうけど。大事なのはそこから何を考えていくか、なんだと思うんだ。