映画を鑑賞して
なぜ感動するのだろうか。
発端が起こり
葛藤と戦い
結末を迎えること
主人公が人生を
旅してるからこそ
観たいし体現したくなる。
旅とは非日常のことです。
旅行と
同じではありません。
日常から
非日常から
生まれるのかどうか。
もっと深く言えば
非常識かそうでないか。
挑戦することすべて
旅だと呼べます。
たとえば毎日、、
活動先を求めること
たとえば退職して、、
理想像を求めること
生き生きしてる
大人を羨ましく
考えてることは
常識を無くすことを
羨ましいと
言ってるのと変わりありません。
葛藤させてるのは
過去からの恐怖か
集団心理なのか
常識からの鎖なのか
あなたはあなた
わたしはわたし
割り切ってから
はじめて人生を
旅だと呼べるでしょうか。
やらなきゃだめだ。
なんてことは
この世にはありません。
あるとしたら
いままで
お世話になってきた
一人一人に
どんな背中を魅せて
どんな
恩送りをしたいのか
誰かがお金を送るべきだと
意見は十人十色でしょう。
自分自身が
幸せを齎す方法を
自ら選択して決断すればいい。
物語は一人一人にあります。
読者側の主人公になるか
著者側の主人公になるか
選択できます。
才能か無能かは
物語に
必要か不必要かと同じ。
今回の人生は
どんな物語なのか
知ることから
真実が動き出します。
心から受け入れられる
自然体でいられることで
努力を心掛けなくても
自然と打ち込められる。
夢に生かされるとはこのこと。
映画が
教えてくれることは
エンディングが
終わらなければ
オープニングが
始まりません。
主人公は
どんな人物なのか
目的は何なのか
夢こそが
天命を導く世界です。
人生では
葛藤する時間が
一番おおいのではないでしょうか。
映画の構造も
発端が30分
葛藤が60分
結末が30分
葛藤の時間が長くなってます。
僕は葛藤期を
青春期と呼ぶとします。
結末とは
僕はこうゆう人間なんだ。。
希望を失った選択から
エンドロールみたく
暗闇で循環することでしょう。
結末を自ら
決めてしまったのだから。
子供のときみたいに
何もかもか
新鮮だった
模索してて純心だった
発端の宝箱みたいな
現代社会に対しての
無知からの希望を
どこかに忘れてきてたり。
してないでしょうか。
