はりねずみのジレンマ~第一話~
・・筋ジストロフィー・・
この言葉を聞いた事があるだろうか
出産男子100万人について140人ほど発生し、
主に遺伝子によるたんぱく質異常により
筋肉の力が衰えていく難病である。
そして、ここにその難病負った少年がいる
・
・
小西祐(10歳)
彼は周りの大人が病気に対する、知識がなく
早くも車椅子生活を送っている。
体も横に大きく、いまの車椅子操作でさえも
難儀している。
そして、本人自身は、この病気の真相を知らない・・
車椅子生活も一年が経過したが、いまだに薬で治ると信じていた。
そんな頃に彼はある人との出会いをする。
・
・
・
田中和夫(25歳)
小西祐の通う小学校の臨時採用教師。
主に祐の学校生活を送るために介助を
任された。
・
・
この物語は、そんな二人の闘病記録である。
~第1話・二人の出会い~
4月、出会いの季節である。
和夫は教育大学を卒業し、2回ほど
教員採用試験を受けるが、不合格。
そんな彼に臨時採用ではあるが、尾山が丘小学校に
赴任してほしいと市教育委員会から通知がきたのは
3月も終わる頃だった。内容は、障害児の介助とあった。
その場の生活さえ苦しかった彼には、かなりの助け舟だったはずである。
赴任先の小学校に行くまでは・・・
「失礼します。校長先生は・・」
職員室のドアを開け、きょろきょろと慣れない部屋を見渡す、
数人の先生方が、朝の準備をしていた。
「あっ、田中さんですね、これからよろしくお願いします」
ほぼ白髪の背の高めの先生が手をすりながら、和夫に挨拶する。
和夫はあわてて、頭を大きく下げる。
「いやいや、そんなこともしてるより、そろそろ、担当の子の
登校なので・・あっ、詳しくは、白井先生に聞いてもらえるだろうか」
と、言うと大きく手を招いて、一人の女性がこちらに歩み寄ってきた。
年は、45~50ほどだろうか、優しい面影のある方だった。
「障害児クラスの白井です。早速ですが、一階の正門で祐君のお預かりを・・
一緒にいきましょうか。」
というと、職員室をでて、一階に降りる、階段を下りたすぐ横に
車椅子が置いてあり、それを押しながら正門に行った。
待つこと数十分・・・
「あっ、すみません~遅くなりました。」
白のミニワゴンから一人の女性が、降りてきた。
声は、大きく良く通る。顔はすごい笑顔である。
「小西さん、この方がこれからご一緒してくださる、田中先生です。」
白井先生が、おそらくお母さんであろう方に紹介する。
和夫はあわてて、「田中和夫と申します」と頭をさげた。
「先生、そんな頭をさげないでください。こちらの方が
お世話になるんですから」とまたも良く通る声、笑顔で言った
言葉を言い終えると同時くらいにお母さんは、助手席のドアを
あけた。そこには、少しうつむきかげんの少年が座っていた。
6年生か中学生と思うほど、横が大きい。太りすぎの印象だった。
「さぁ、祐。白井先生と田中先生にご挨拶は?」
「・・・」
少年はうつむいたままだ。
「すみません、この子、春休みが終わって、さびしいみたいで」
笑顔でさらっと言う。
「では、田中さん、時間もないですし、車椅子に移動しましょう。
今日は、一緒におろしますね。」
そう、白井先生が言うと、祐の手を互い違いに白井先生がつかみ
和夫は足を抱えるようにと指示された。
足を抱えた和夫の手にはずっしりとした、感覚がきた。
気をぬいてたら、あやうく滑って落としてしまいそうなくらいの
重みだった。なんとか車椅子に乗り換えた。
「それでは、先生、よろしくお願いします。」
車椅子に乗せるかどうかの間に、お母さんの方は、車のほうに
乗り込んでいたようだ、あまりのすばやさに和夫は、少し驚いた。
そして、車は校舎をさっていった。
「祐君、おはよう。」
白井先生が、優しい声であいさつする。
祐は「おはよう・・・・・ございます」とか細い小さな声で挨拶する。
「祐君、おはようございます。あっ、はじめましてかな、」
少し作り笑い的な笑みで和夫は、挨拶をし始めたのだが
「僕は田中和夫先生ですよ。これから・・よろ・・」
「・・・・」
祐は、下を見たまま黙っていた。
(このガキ~~~こっちが下手にでてりゃ~~)
和夫は、苛立ちを心の中で抑える。
これが二人の出会いだった。
続く
この言葉を聞いた事があるだろうか
出産男子100万人について140人ほど発生し、
主に遺伝子によるたんぱく質異常により
筋肉の力が衰えていく難病である。
そして、ここにその難病負った少年がいる
・
・
小西祐(10歳)
彼は周りの大人が病気に対する、知識がなく
早くも車椅子生活を送っている。
体も横に大きく、いまの車椅子操作でさえも
難儀している。
そして、本人自身は、この病気の真相を知らない・・
車椅子生活も一年が経過したが、いまだに薬で治ると信じていた。
そんな頃に彼はある人との出会いをする。
・
・
・
田中和夫(25歳)
小西祐の通う小学校の臨時採用教師。
主に祐の学校生活を送るために介助を
任された。
・
・
この物語は、そんな二人の闘病記録である。
~第1話・二人の出会い~
4月、出会いの季節である。
和夫は教育大学を卒業し、2回ほど
教員採用試験を受けるが、不合格。
そんな彼に臨時採用ではあるが、尾山が丘小学校に
赴任してほしいと市教育委員会から通知がきたのは
3月も終わる頃だった。内容は、障害児の介助とあった。
その場の生活さえ苦しかった彼には、かなりの助け舟だったはずである。
赴任先の小学校に行くまでは・・・
「失礼します。校長先生は・・」
職員室のドアを開け、きょろきょろと慣れない部屋を見渡す、
数人の先生方が、朝の準備をしていた。
「あっ、田中さんですね、これからよろしくお願いします」
ほぼ白髪の背の高めの先生が手をすりながら、和夫に挨拶する。
和夫はあわてて、頭を大きく下げる。
「いやいや、そんなこともしてるより、そろそろ、担当の子の
登校なので・・あっ、詳しくは、白井先生に聞いてもらえるだろうか」
と、言うと大きく手を招いて、一人の女性がこちらに歩み寄ってきた。
年は、45~50ほどだろうか、優しい面影のある方だった。
「障害児クラスの白井です。早速ですが、一階の正門で祐君のお預かりを・・
一緒にいきましょうか。」
というと、職員室をでて、一階に降りる、階段を下りたすぐ横に
車椅子が置いてあり、それを押しながら正門に行った。
待つこと数十分・・・
「あっ、すみません~遅くなりました。」
白のミニワゴンから一人の女性が、降りてきた。
声は、大きく良く通る。顔はすごい笑顔である。
「小西さん、この方がこれからご一緒してくださる、田中先生です。」
白井先生が、おそらくお母さんであろう方に紹介する。
和夫はあわてて、「田中和夫と申します」と頭をさげた。
「先生、そんな頭をさげないでください。こちらの方が
お世話になるんですから」とまたも良く通る声、笑顔で言った
言葉を言い終えると同時くらいにお母さんは、助手席のドアを
あけた。そこには、少しうつむきかげんの少年が座っていた。
6年生か中学生と思うほど、横が大きい。太りすぎの印象だった。
「さぁ、祐。白井先生と田中先生にご挨拶は?」
「・・・」
少年はうつむいたままだ。
「すみません、この子、春休みが終わって、さびしいみたいで」
笑顔でさらっと言う。
「では、田中さん、時間もないですし、車椅子に移動しましょう。
今日は、一緒におろしますね。」
そう、白井先生が言うと、祐の手を互い違いに白井先生がつかみ
和夫は足を抱えるようにと指示された。
足を抱えた和夫の手にはずっしりとした、感覚がきた。
気をぬいてたら、あやうく滑って落としてしまいそうなくらいの
重みだった。なんとか車椅子に乗り換えた。
「それでは、先生、よろしくお願いします。」
車椅子に乗せるかどうかの間に、お母さんの方は、車のほうに
乗り込んでいたようだ、あまりのすばやさに和夫は、少し驚いた。
そして、車は校舎をさっていった。
「祐君、おはよう。」
白井先生が、優しい声であいさつする。
祐は「おはよう・・・・・ございます」とか細い小さな声で挨拶する。
「祐君、おはようございます。あっ、はじめましてかな、」
少し作り笑い的な笑みで和夫は、挨拶をし始めたのだが
「僕は田中和夫先生ですよ。これから・・よろ・・」
「・・・・」
祐は、下を見たまま黙っていた。
(このガキ~~~こっちが下手にでてりゃ~~)
和夫は、苛立ちを心の中で抑える。
これが二人の出会いだった。
続く
我が故郷、新潟について
最近、大雨が降ったり、地震がおきたりと、
今年は災害の多かった新潟ですが、実は、私も生まれは新潟なんです。
いまは、上京してまったり違うところで生活してますが(-_-;)
さて、今回はその新潟の真実を言いたいと思います。
首都圏に住んでて実感するのですが、やっぱり人の情があんまり
感じられません。新潟は、米をつくってきたこともあって
性格は、仲間意識の強い頑固者です。地元では、町全体が家族のようでした。
まぁ、田舎だから、新潟市は少し違うかもですが、困ってる人をほっておけないのは新潟県民のある程度は共通のように感じます。
まぁ、上記のことは、各県民性で調べればなんとなくわかりますが・・・
ここからは、あまり知られてない、ことを。
実は新潟はあまりにも娯楽が少ないことで有名です。
ゲーセンなんて新潟市など大きいところでしかありません。
なので、Jリーグのアルビレックスがあんなに盛り上がるんです。
それに娯楽が少ないので、独身時代が短いです。一人で遊ぶことが
できないですから。なんで、結婚も早い、子作りも早かったりします・・
そして、離婚率も低いです。
そして、最後に極めつけは、地震や災害も意外に祭りだったりします。
不謹慎な言い方かもしれませんが、人生に一度あるかないかの、大娯楽が
災害です。ここぞとばかりに、学校の体育館は寄り合い所のように
会話が飛び交います。しかも、楽しそうに・・・。
TVでは、都合のいいような方のコメントしか映りませんが、大半の方は、笑顔だったりします。
意外と思ったかどうかわかりませんが、新潟の方は、とても話好きで愛すべき人達です。もし、近くに新潟出身の人がいたら気軽に話しかけてみてください。すごく仲のいいお友達になるかもしれませんよ。
今回はこれにて終了!
注・今回のことは、私が20年間住んで感じたことです。なお、地域によってっは今回のことにそぐわないかもしれません。
あと、新潟県中越地震に対し不謹慎な発言に思われる箇所がありますが、
なにとぞ抗議の文章は送らないでください。
そして、今地震に遭われた被災者、深い悼みを感じ、
亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。
読者として登録してくださった方、ありがとうございます。
できる限りがんばっていきますね。ご期待を。
今年は災害の多かった新潟ですが、実は、私も生まれは新潟なんです。
いまは、上京してまったり違うところで生活してますが(-_-;)
さて、今回はその新潟の真実を言いたいと思います。
首都圏に住んでて実感するのですが、やっぱり人の情があんまり
感じられません。新潟は、米をつくってきたこともあって
性格は、仲間意識の強い頑固者です。地元では、町全体が家族のようでした。
まぁ、田舎だから、新潟市は少し違うかもですが、困ってる人をほっておけないのは新潟県民のある程度は共通のように感じます。
まぁ、上記のことは、各県民性で調べればなんとなくわかりますが・・・
ここからは、あまり知られてない、ことを。
実は新潟はあまりにも娯楽が少ないことで有名です。
ゲーセンなんて新潟市など大きいところでしかありません。
なので、Jリーグのアルビレックスがあんなに盛り上がるんです。
それに娯楽が少ないので、独身時代が短いです。一人で遊ぶことが
できないですから。なんで、結婚も早い、子作りも早かったりします・・
そして、離婚率も低いです。
そして、最後に極めつけは、地震や災害も意外に祭りだったりします。
不謹慎な言い方かもしれませんが、人生に一度あるかないかの、大娯楽が
災害です。ここぞとばかりに、学校の体育館は寄り合い所のように
会話が飛び交います。しかも、楽しそうに・・・。
TVでは、都合のいいような方のコメントしか映りませんが、大半の方は、笑顔だったりします。
意外と思ったかどうかわかりませんが、新潟の方は、とても話好きで愛すべき人達です。もし、近くに新潟出身の人がいたら気軽に話しかけてみてください。すごく仲のいいお友達になるかもしれませんよ。
今回はこれにて終了!
注・今回のことは、私が20年間住んで感じたことです。なお、地域によってっは今回のことにそぐわないかもしれません。
あと、新潟県中越地震に対し不謹慎な発言に思われる箇所がありますが、
なにとぞ抗議の文章は送らないでください。
そして、今地震に遭われた被災者、深い悼みを感じ、
亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。
読者として登録してくださった方、ありがとうございます。
できる限りがんばっていきますね。ご期待を。
はじまっちゃった・・・。
え~ブログはじめちゃいました♪(>_<)
これから、なんとなく書いていきますので、よろしくお願いします。
・
・
・
え~そんなこと書きましたが・・意外と虚しい!!!!
なぜなら、誰もまだみてないだろうから!
はやるといいなぁ・・(淡い期待)
そんなこんなでよろしく(*^_^*)
これから、なんとなく書いていきますので、よろしくお願いします。
・
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・
え~そんなこと書きましたが・・意外と虚しい!!!!
なぜなら、誰もまだみてないだろうから!
はやるといいなぁ・・(淡い期待)
そんなこんなでよろしく(*^_^*)
