1.事件の概要

2025年(令和7年)10月29日、東京地方裁判所は、抗凝固薬イグザレルト®(一般名:リバーロキサバン)をめぐり、後発品メーカーが先発品メーカーを不正競争防止法(以下「不競法」)違反で訴えた事件について、原告(後発側)の請求をいずれも棄却する判決を言い渡しました(令和7年(ワ)第70139号)。原告は日本ジェネリック株式会社、被告はバイエル薬品株式会社です。
リバーロキサバンの物質特許(特許第4143297号)には、各製剤・効能の承認に基づき合計10件の存続期間の延長登録がされています。このうち、普通錠の「深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症の治療及び再発抑制」(用途1)の承認に基づく延長登録の存続期間は2025年12月11日まで存続する一方、OD錠(用途1及び「非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制」(用途2))の承認に基づく延長登録は、既に満了していました。原告は2023年2月、リバーロキサバンのOD錠について用途1・2の双方を効能・効果とする承認申請をしましたが、2024年8月、用途2に限って承認を受けました。パテントリンケージの運用上、特許が存在する効能・効果は承認されないためです(用途1を追加する一部変更承認申請は判決時点で未承認)。
原告が問題としたのは、被告の二つの行為です。
一つ目は、2020年12月から2024年7月までの間に業界紙・日刊薬業に6回掲載された「謹告」です。リバーロキサバンを保護する特許及び延長登録は有効かつ実効性があると確信していること、これらを侵害する行為又はそのおそれのある行為には厳正かつ厳格な法的処置を講じること、製造・販売・輸入等を計画する企業は侵害行為のなきよう留意されたいこと、を内容とするものでした。
二つ目は、原告製品の承認審査の過程で、厚生労働省から先発品の特許権者等として説明を求められた際の回答(本件回答。判決文では内容は非公開)です。原告は、これらが不競法2条1項21号の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実」の流布・告知にあたるとして、差止め(同法3条1項)と信用回復措置(同法14条)を求めました。

 

2.原告の主張――延長された普通錠の特許権はOD錠に及ばない

虚偽性の根拠として原告が依拠したのは、オキサリプラチン知財高裁大合議判決(知財高判平成29年1月20日・平成28年(ネ)第10046号)の判示です。延長登録後の特許権の効力は、政令処分の対象となった医薬品と実質同一のものに及びますが、原告は、有効成分のみを特徴とする物質特許について実質同一と認められるのは、対象製品が政令処分申請時の周知・慣用技術に基づき有効成分以外の成分を付加・転換等している場合(第一類型)に限られると主張しました。そのうえで、原告のOD錠は政令処分対象物である普通錠と添加剤の成分が大きく異なり、相違する成分等について原告自身が2件の特許権を取得していることから第1類型にあたらず、しかもOD錠に係る延長登録は既に満了してパブリックドメインに帰したのであるから、普通錠の延長登録後の権利範囲にOD錠を含めることは特許権者と第三者の衡平を欠き延長登録制度の趣旨に反する、と論じました。延長後の権利範囲という実体論を、不競法の「虚偽」要件の中で争う構図です。

 

3.裁判所の判断――延長後の権利範囲には踏み込まず

謹告について、裁判所は、謹告が原告製品に言及していないばかりか、侵害品たり得る製品の剤型や用途等の構成にも言及していないことを指摘しました。読者は同業者を含む製薬業界の関係者であり、延長登録により存続期間が延長された状況の下、業界紙への掲載により情報提供や注意喚起を図ることは、特許権侵害を防止するうえで先発品メーカーとして自然な対応であると述べました。

そして、読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、謹告は、後発品の構成によっては特許権侵害があり得るという当然の事項を前提に権利行使の方針を一般的に述べたものと理解され、原告製品を含む特定の後発品との関係での権利範囲の見解を示すものとは理解されないとして、「他人の営業上の信用を害する」ものにあたらないと判断しました。6回という掲載回数や掲載期間の長さも、この結論を左右しないとされています。

厚労省への回答について、裁判所は、不競法の趣旨に関する最高裁判決(最判平成18年1月20日・平成17年(受)第575号・民集60巻1号137頁)を引用し、「営業上の信用」とは、取引社会における事業者の経済的価値に対する社会的評価であって、当該事業者と取引を行うかの意思決定に影響を与え得るものと定義しました。そのうえで、医薬品の承認は薬機法に基づく行政処分であって、自由競争が行われる取引社会の取引とは性質が異なること、承認審査における特許権者等への補足説明の求めは行政処分に先立つ情報収集行為であって、申請者の社会的評価の形成は想定されていないこと、提供された情報は一般に公開されないため市場に伝播して社会的評価が低下するおそれもないことを挙げ、本件回答も「他人の営業上の信用を害する」ものにあたらないと判断しました。結局、虚偽性―すなわち延長登録後の権利範囲の成否―を含むその余の争点には一切踏み込まず、「信用毀損」要件の段階で請求を棄却しました。

 

4.実務への指針

先発側にとって、本判決は二つの安心材料を与えるものとなりました。

一つ目は、製品を特定せず、保有特許と権利行使の方針を一般的に表明するスタイルの謹告は、不競法上の虚偽事実の流布とは評価されないことが確認された点です。逆にいえば、特定の後発品やその構成に言及した警告は、権利範囲の成否(虚偽性)が正面から審理され得ることを意味します。謹告の起案にあたっては、注意喚起としての実効性と製品特定のリスクとのバランスに、引き続き配慮する必要があります。

二つ目は、承認審査の過程で厚労省に見解を提出する行為が、非公開の行政手続内における情報収集への協力と位置づけられ、不正競争該当性が否定された点です。アフリベルセプト(リジェネロン)事件の抗告審決定(知財高決令和7年8月13日・令和7年(ラ)第10003号)と同様の判断であり、パテントリンケージにおける特許権者による情報提供(意見提出)を、今後も活用できることが示されました。

一方、後発側にとっては、特許権者の情報提供行為を不競法で争うルートが、本判決でも閉ざされたことになります。延長された特許権により後発品の承認が留保された場合、エリブリンメシル酸塩事件では確認訴訟による解決は困難であることが示されました。そうすると、先発特許と真っ向から争う手段は、無効審判又は延長登録無効審判に限られることになります。2025年の改正で試行が始まった専門委員制度には期待したいところですが、「疑わしきは承認せず」という近年のパテントリンケージの運用傾向から、訴訟に発展する機会が少なく、専門委員が判断の拠りどころとできる判例は十分に蓄積されていません。このジレンマは、今後もしばらく続きそうです。