パテントリンケージ 特許リンケージ アフリベルセプト事件 リジェネロン 医薬品特許戦略 田中康子 | 医薬品特許の備忘録

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医薬品特許に関する日々のニュースや気づきを忘れないうちに記録する備忘録です。医薬品以外も時々。

1.事件の概要

先発品は、眼科用VEGF阻害剤「アイリーア硝子体内注射液40mg/mL(一般名:アフリベルセプト)」です。後発品(バイオ後続品)「アフリベルセプトBS硝子体内注射液40mg/mL「GRP」」は、サムスン バイオエピス(以下「サムスン」)が開発し、その製造販売承認申請がされました。

アフリベルセプトの特許権者であるリジェネロンは、厚生労働省およびPMDA(以下「厚労省等」)に対し、後発品を「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(wAMD)」を適応症として製造販売する行為は特許第6855480号および同第7233754号(以下「本件特許権」)を侵害する旨を告知しました。本件特許権は、いずれもアフリベルセプトを投与して黄斑変性症患者を処置する際の患者の治療歴や遺伝子型(一塩基多型)を特定した発明に係るものです。

サムスンは、この告知が不正競争防止法(以下「不競法」)2条1項21号の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に当たるとして、同法3条1項に基づき、リジェネロンが厚労省等に同様の告知をすることの差止めを求める仮処分を申し立てました。

 

2.原審決定――情報提供は正当な行為として違法性が阻却される
(東京地裁令和6年10月28日決定、令和6年(ヨ)第30028号

東京地裁は、まずパテントリンケージ制度の下で、特許権者には、後発品の製造販売等が特許権を侵害するか否かについての意見を述べることが期待されていると整理しました。そして、特許権者の述べる意見は必ずしも司法上の判断を経た確定的なものではなく、真実に反する意見を述べる可能性もあるとしつつ、この制度に基づく情報提供は、厚生労働大臣が承認の可否を適切に判断するために多面的な意見を聴取することを目的とするものであるから、特許権者には種々の意見をある程度自由に述べる機会を確保する必要があるとしました。

他方で東京地裁は、特許権者が制度に仮託して後発企業の信用を害したり、情報提供の内容や態様が正確性を欠き、あるいは過度に誇張されているなど社会通念上必要な範囲を超えて不適切である場合には、制度の一環というだけで不正競争該当性を否定することはできないとの留保も付しました。そのうえで、本件の情報提供はパテントリンケージ制度の趣旨に照らして相当性を有する正当な行為であり違法性が阻却されるとして、申立てを却下しました。

 

3.抗告審決定――そもそも「営業上の信用を害する」ものではない
(知財高裁令和7年8月13日決定、令和7年(ラ)第10003号

知財高裁は、結論として抗告を棄却しましたが、その理由は原審とは異なります。

知財高裁は、不競法2条1項21号にいう「営業上の信用」とは、取引社会における事業者の経済的価値に対する社会的評価をいうと解したうえで、医薬品の製造販売の承認は、厚生労働大臣が薬機法上の権限と責任に基づいてする行政処分であって、自由競争が行われる取引社会における取引とは明らかに性質が異なると述べました。

そして、厚労省等が承認審査にあたり特許権者等に医薬品特許情報報告票の提出や補足説明を求めることは、厚生労働大臣が権限を適切に行使する前提としての行政処分に先立つ情報収集行為であり、そこで後発品申請者の経済的価値に対する社会的評価が形成されることは想定されないこと、厚生労働大臣は提供情報だけでなく諸般の事情を総合考慮して自らの権限と責任で判断すること、提供される情報は一般に公開されないことから、当該情報により申請者の社会的評価が低下するおそれもないとしました。

以上から知財高裁は、先発品の特許権者等が厚労省等に対し後発品の製造販売等が特許権を侵害する旨の情報提供をすることは、同号にいう「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」することには当たらないと判断しました。原審が情報提供の「正当性・違法性阻却」という枠組みで判断したのに対し、抗告審は、そもそも構成要件である「営業上の信用を害する」に該当しないという、より入口の段階で否定した点に特徴があります。

 

4.抗告審についてもう一言

注目すべきは、抗告審が「パテントリンケージ」という語を一切使わず、情報提供を行政処分に先立つ情報収集行為と捉えた点です。原審が拠り所とした二課長通知は低分子医薬品を所管する部署の通知でバイオ医薬品を対象としておらず、バイオ医薬品には制度としてのパテントリンケージが存在しません(この決定後の令和7年10月の通知でバイオ医薬品もパテントリンケージの対象とすることが明確にされました)。パテントリンケージという法律上の手続ではない仕組みの「制度」趣旨に依拠した原審には違和感が残りましたが、抗告審ではこの違和感を回避しており、説得力があります。一方で、抗告審は、原審が言及した「特許権者の意見は確定的でない」という論点には触れていません。本件特許は、先発品の承認で効能効果①が公知になった後に出願されたもので、後続品は出願前公知の製品と同一ともいえるので、公知技術の抗弁やパブリックドメインの観点を特許の有効性と併せて検討する必要があり、判断は専門的かつ複雑になります。にもかかわらず特許権者の意見を鵜呑みにした不承認がなお正当化されるとすれば、先発・後発の競争関係が薬事当局によって統制される懸念も残ります。

 

5.実務への指針

先発側にとって、本件決定は、薬事当局への特許情報の提供という行為が、原則として不競法上の責任を問われにくいことを確認するものです。そのため、後発品の参入を見据えた特許情報報告票の提出や、当局からの照会への意見提出は、ライフサイクルマネジメントの一手段として引き続き活用しうるといえます。ただし原審が示した留保“制度に仮託して信用を害する、あるいは正確性を欠いたり過度に誇張したりする態様の情報提供”は意識しておくべきで、提供する情報は、自社特許の権利範囲と侵害の蓋然性について事実に即した冷静な記述にとどめ、誇張や断定を避ける必要があると考えます。

後発側にとっては、薬事当局への情報提供そのものを不競法で止めることは、本件決定の枠組みの下では極めて困難であることが明らかになりました。したがって、パテントリンケージで障壁となりそうな特許の存在が見込まれる効能効果については、(i)申請前の段階で先発特許の権利範囲と有効性を精査し、抵触の可能性が高い効能効果はあらかじめ申請対象から外す(虫食い申請)、(ii)無効理由が見込まれる場合は無効審判・異議申立て等で早期に特許を潰しておく、(iii)後発品申請の直前に新たな特許が登録されるリスクに備え、対象成分の出願・登録動向を継続的に監視する、といった事前の備えが必要といえます。