チョコミントの部屋 -17ページ目

チョコミントの部屋

日々の出来事や感じたこと、おすすめ情報など綴っていきます。

昨日車から空を見ていたら、 灰色の雲の間にもくもくと薄茶色の雲がある。


パパになんだか薄茶色の雲があるよと言ったら、パパが火事だ!と。


ビルの間から見えた薄茶色の煙は

形が雲みたいで、私は全く煙って想像しなかった。

ヤバい。やっぱり入院してから認知機能が衰えてる。

 

近づくにつれて、パトカーや消防車が見えてきた。途中から曲がったので詳細は不明。


炎は見えなかったし、他の消防車も集まってなかったからすぐに消えたかな?


その後近くの商業施設で車を降りたら煙い臭いがしてた。


直接火事を見たことはないかも。


 ビル越しに炎の明かりが見えたり、黒煙が上るのは見たことあるけど。


ほんとに薄茶色の雲みたいだったから、煙って思い浮かばなかった😓


早く働かなきゃボケていく…


母が亡くなったのでバタバタしてたけど、今月はパパのおじさん2人と父の命日もある。


昨日ちょうどパパが休みだったので大牟田のお寺を2軒とパパのお母さんのお墓に行った。


大牟田でパパが久しぶりに昔住んでいた団地に行ってみようと言った。


近くのスーパーはそのままあった。


団地は外壁を薄いピンクに塗り替えられてきれいになっていた。


すーっと昔の記憶がよぎる。

子どもが小学生までは毎月1回は来ていた。

幼稚園までは平日に来ていたから、まずはお母さんを病院(リハビリ)に迎えに行ってから買い物に行ったりご飯を食べに行ったりしていた。


昔の私立病院にはお母さんがリハビリで知り合ったお友だちがたくさんいて、何故かその人たちの分も年賀状を書いていた。

私は病院でリハビリ終わるまで子連れで待たされ、知らない人に挨拶させられ、ストレスでしかなかったけどね。


でも、団地を通ったらそのおばちゃん達の面影がよぎってね。

きっとみなさん、もう亡くなってるよねと思ったら、うわぁ、 歳をとるはずよねと実感した。


もうあの日々には戻らないんだ。


わかっていたはずのことが決定づけられてなんだかさびしかった。


母が亡くなってセンチメンタルになっているのだろうか…





徹子の部屋に近藤サトさんが出演されていました。


66歳で亡くなられたお父様は常日頃から、偉人名人の名言を伝えられたそうですが、最後に


人生は楽しいぞ


とおっしゃったそう。


30代頃から病弱だったお父様が66歳と若くて亡くなる時に絶望せず、そのように前向きな言葉を残されたこと素晴らしいなと思います。


若い頃から何回も落ち込んだり悲しんだりしたけれど、今は割と穏やかで、この穏やかが嵐のように過ぎていく日々の後に来ることを私も若い人たちに伝えたい。


やっと私も人生を楽しめる時が来た。


楽しむぞ。


最近何故かまごたんが一番好きなのはばあばって言う。


一番遊んでるのはじいじだし、少し前まで、じいじラブがすごかった。

今でもじいじ大好き。


まあ何でも買ってあげるし、やりたいを実現するのは私だけどね。


土曜日の夜泊まって、月曜日にママの用事があるから日曜日は帰ると言っていたのに、結局なんだかんだで泊まった。


今日もうちで過ごせるつもりだったまごたんは、帰るよと言われて、ばあばとお別れしたくないと泣いた。


ぽろぽろ泣いた。


そんなに泣かれたら別れがつらい。


そういえば、私が実家にいる時に2回来たことがあって、そこから帰る時もばあばとお別れしたくないと悲しそうな顔をしていた。


なんだかもう会えなくなっちゃうんじゃないかなって不安感を植え付けちゃったかな?


私も今日は預かるよと言いたいんだけど、ここのとこの忙しさで疲れがたまっている。


それに、リハビリをサボっていたから、無理をすると股関節の痛みが増す。


そろそろ働きたいけど、リハビリの先生から許可が出ない。


まごたんを1人では連れ歩く自信がない。


ごめんよ、まごたん。

ばあば、リハビリ頑張るよ。


ぽろぽろ泣いた顔が忘れられなくて切ない。


あの後ケロッと朝マック食べてくれてたらいいな(笑)




次姉の義理母はまた昏睡状態に陥りました。


姉は施設の近くのホテルに泊まってお義母さんの面会に通っています。


母の看取りの後、お義母さんの看取りと続き、姉の体調が心配です。


お義母さんが頼りにしていた長男で末っ子のお義兄さんが2年前に突然亡くなってから、次姉が色々と手続きをしてやっと落ち着いていたとこでした。


姉の大仕事が待っています。