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心のお休み処 猫目堂カフェにようこそ

あなたは疲れていませんか? 
心が疲れていませんか?
自分で出来るセルフセラピーの情報や、
問題解決の思考法などなど取り上げてゆきます。
記憶に残った日々つれづれの雑文などとともに
お楽しみいただけると幸いです。

真夏の夜・・
何かが起こりそうな予感がする言葉。


いたずらなパック(妖精)が巻き起こす、
一夜の騒動をえがいた 

真夏の夜の夢という
シェークスピアのお話がある。
 

真夏の、それも夏休みともなると
公園の夜はがぜん騒がしくなってくる・・・。 


うちは、まさしく、子ども広場のまん前。 

目の前がスコーンと抜けて気持ちよく、 

木々の緑の借景もあり
いいことばかりのように思われるが・・ 

ただひとつ・・公園や広場って

当たり前のことながら公共の場所・・つまり 

だれでもが自由にお過ごしくださいね・・
という場所なのだ。 


昼間の子どもたちの騒ぐ声などは、
はじめから判っていた事だし、 

アトリエで慣れてもいるので
少しも何にも気にはならない。

 
むしろ時折聞こえてくる

子ども同士のやりとりが面白い
独特の言い回しや、喧嘩のしかたなど
思わず吹いてしまうことさえある。

この広場、そこそこ広いので
正月には餅つき大会の会場になり
春には
子供会の行事や自転車の乗り方教室
夏には夏祭りの会場になる。


今年はもう終わったのだが
3日間続く大音量の盆踊りの曲はすごい!!
とにかく凄い!!

東京音頭・炭坑節・ポケモン音頭・
よさこいソーラン節・南の島のカメハメハ・・・

防音窓にも関わらず、元の音がすごいので
お風呂に入るのも、ご飯を食べるのも 全部が
月が~でたでった~♪の音の中
盆踊りの輪の真ん中で生活しているみたいだ。

今年は比較的涼しかったので
出来るだけクーラーを使わないようにしたくて
窓を開けていたので
凄まじかった。
もう、何にも考えられない。


普通の日は
夜ともなると高校生くらいの子どもたちの
楽しい社交の場となる。 

鎌倉の中高生はたまり場があんまり無いので
いきおいこうした公園や広場に集まる。

それも、年によってメンバーが違うので、
その年ごとに雰囲気が違っている。

とっても礼儀正しくて
感じの良い子ばかりの時 もあるし、
ちょっとガラが悪そうな子が集まってるな・・
と思う事もあった。
でも、ちょっと周りの大人に注意されると
おとなしくルールを守ってくれる子が大半だ。


けれど、今年集まったメンバーに限っては
何か言葉では言い表せないのだが 

始めっから何か、すごく不穏な感じがして、
家の娘にも、「夜は広場の中を抜けないでね。」
(抜けると近道)と思わず注意してしまったほど。
 

「なんで?」と言われても、もう、ほんと、
こればかりは、勘としか言いようが無い。 


で、昨日です。 


10時をすぎたころから
だんだん盛り上がってきたようで、
騒ぐ声も大きく爆竹のようなものまで始めた。 


公園を囲むように家々が立ち並んでいるので、
公園で騒ぐと声が反響し増幅するので凄い音! 

花火(爆竹?)が耳元で弾けたよう。


そうこうしているうちにおまわりさんが来て、
注意したようだった。 


でも、また少ししたら、嬌声をあげたり、
いっそう騒いだりしながら
爆竹をバンバン鳴らしだした。 


でまたおまわりさんが来て、
いなくなるとまた 騒ぐの 花火ので・・・
とうとう2時過ぎまで
そんなこんなでうるさくしていた。 


なんだかその一部始終に巻き込まれているうちに
だんだん本気で怖くなってきちゃった。

ものすごくタチの悪い 、悪意のようなものを
ゾクゾクするほど感じてしまったのだ。


夏の夜・・本当に怖いのは、
幽霊やパックなんかじゃなくって、
訳のわかんない人たちだな~とつくづく実感した。

・・・次回・可愛がるという事・・ に続く




キアゲハ・アゲハ・カラスアゲハ・アオスジアゲハ
モンシロチョウ・モンキチョウ・黄チョウ・・・

大小のチョウが気持ち良さそうに
ひらひらと行き交っている。

この緑濃い庭はチョウの道なのだ。

時折、植物に卵を産みつけてゆくチョウもいる。

蝉が庭の木に止まってせわしなく鳴く
早朝と夕方はヒグラシ
昼間はミンミンゼミとアブラゼミ
競うように鳴いている。
あまりに間近なのでうるさいったらない。


合間合間に低く聞こえる振動音は
昼間活動するスカシバの羽音やハチの羽音。
これもけだるい夏の音だ。

かまきり、くも、トカゲにやもり
食物連鎖上位の強者たちもいる
そのほかの虫たちも・・

そう広くもない夏の庭は
生き物たちのちょっとした小宇宙になる。

農薬は一切使っていないのでこうなる。

しかも、チョウやスズメガの種類のガの
幼虫の餌になるような植物もわざわざ沢山植えてある。

幼いときから虫が大好きだった娘の為の庭。
主に夫が世話をしている。

*今年はキアゲハの幼虫が沢山居過ぎて、餌のセリ科の植物が足りなくなりそう!!

娘は何しろ生き物、
とくにチョウやガが大好きな子だ。
アレルギーがあり、ネコなどは飼えないので
自然に昆虫に興味が行ったのかもしれないが
筋金入りの虫好きだ。

「虫愛でる姫」という昔話があるが
まさにうちのお嬢も 虫愛でる姫。

庭で自由に生きている虫たちとはまた別に
毎年、チョウやガの幼虫をプラスチックのケージで飼う。

幼虫がサナギになり、
サナギがチョウになり、ガになると庭に放つ。

チョウもガも生まれた場所に帰ってくる性質がある。
だからいつのまにかこの庭に
色んな種類のチョウが集まってくるようになった。

キアゲハ、カラスアゲハ、アゲハなどは常連だが
幼虫はわりとそっけなく、なかなか懐かない。
どんなに小さい子でもちょっとちょっかいを出すと
小さな黄色いツノをだして威嚇してきたりする。

それとは反対にスズメ蛾の幼虫はとても
なつっこい気がする。

娘が手のひらに乗せて観察したり可愛がったりするが、
手の上はけっこう居心地が良いように見える。
そのうちに慣れてくると、差し出した手の上に
自分から乗ってくる。

それに、両手で葉っぱを掴んで食べる仕草などは
まるでリスのように動物っぽくてかわいい。

やがて幼虫はサナギになり、時が来て羽化を果たす。

サナギからチョウが羽化する様子は、
テレビなどで見た方も多いだろうが
その様子は何度みても不思議で神秘的だ。

あのいも虫がこのように美しい翅を持ったチョウや
力強い翅のガに生まれ変わるのだから・・・。

スズメガの中でもクチナシの葉を餌として育つ
スカシバなどは、
羽化したてのほんの短い時間の間だけ
翅は角度によってブロンズのようにも
黄金のようにも輝きを変える美しい鱗粉に包まれている。


*孵ってしばらくしたスカシバの成虫。目がすごく可愛いでしょ!

しかし、翅が伸びきって僅かの間に
その美しい鱗粉はふるい落とされ

まるで蝉の翅かハチの翅のように
透き通った翅に変わってしまう。

まさに、羽化を目撃した者のみが目にすることの出来る
ミラクルだ。

*この子はタテハチョウ。

またいも虫の頃から手に乗り馴れているチョウやガは
成虫になっても
自分から差し出された手のひらに乗ってくる。
何度見ても、その情景は
とても不思議でワクワクする。

ある年のことだ
秋も近いある日
ヒメホウジャクという蛾がベランダに止まっていた。

翅がすっかり痛んでぼろぼろだ。

娘がそっと手を差し伸べると
蛾はトテトテと寄って来て、その手の上に乗って来た。
以前に家で孵った子だったのだ。

ひとしきりゆったりと
手のひらの上でくつろいだヒメホウジャクは
やがて どこへともなく飛んでいって
もう帰ってくることはなかった。

命の尽きる前に
生まれた所に帰って来たのかもしれない・・。





夢・・・
私は眠っているときに、
かなり鮮明な夢を見ることが多い。


また家族も同様に良く夢を見て、そして覚えている。
そのため、我が家には10冊を越える、
夢占いや、夢の読み解きの本がある。

どの本も使い込まれていて、
テープで修理の跡が見られるものさえある。

家族それぞれが見た夢をノートなどに書き残しているし
また本で調べたり皆で教えあったりもしているので
なおさら夢を見やすいのかもしれない。

いや、夢を記憶しておきやすい・・
と言った方がいいのか。

もちろん、誰でも毎晩沢山の夢を見ていて、
「夢は見なかった」と思っていても、
実際は忘れてしまっているだけなのだそうだ。

要は、記憶しておくかおかないかは、
夢をどのように位置付けているかによるのだろう。

時にはなんだかステキな夢を見て目覚め、
ベットの中で切なくその夢の残滓を辿ることもある。

思い浮かべようと思えば思うほどに
さらさらと記憶から夢はその実態を失って
零れ落ちてしまう・・。

夢はそこがいい。

ところで、よく思うのだが、
夢の読み解きと、子どもの絵の読み解きには
共通している部分が大変多い。

ここで簡単に絵や作品の読み解きの説明をしておこう。

まず、絵を読み解く時のポイントがいくつかある。

*モチーフ
何をモチーフに選んだかで心象風景を推し量る。
積み重ねられたデーターから、
モチーフに込められた隠れたメッセージや
キーワードを読み取ることができる。

*色
色には言葉があり心と結びついた意味がある。
例えば温かい・・と言えばたいがい赤とか
オレンジといった暖色を思い浮かべ
冷たい・・と言えば、青とか水色などを連想する。
といった具合だ。

*タッチ
柔らかいタッチか、強いタッチか
繊細なタッチか、荒いタッチか・・
立てストロークか、横ストロークかなど
いわゆる筆遣いというか
そういうものをみてゆく。

だいたいこのように読み解きを進めるが
これ以上に大切なのが、
作品そのものの持つ雰囲気だ。

特に、最初にぱっと見た時の印象は大事にする。
・・とまあ、こんな感じなのだが、


先ほどの話に戻ろう。
   
時に夢の読み解きの本をパラパラ見ているときに
不意に子どもの絵の中に隠された
キーワードが見つかるなんてことがよくある。

夢と絵の読み解き・・・これらは、
同じ潜在意識から表現されたものだからなのだろう。

たとえば、なにか慌ただしくて
自分を見失いそうなとき
時計の夢や何かに追われているような夢を見る。
または電車などに乗り遅れる夢などみたりもする。

胸がつぶれそうに辛い時には
重く暗いトーンのちょっとダークな夢を見たりするが
子どもの絵も
これと同じような表現で表わされることが多い。

実際子どもの絵をぱっと見たときの印象を保ったまま
絵の読み時をしてみると
かなりの確率で、子どもの感情を読み解ける。

子どもの喜びや期待、幸せな気分はもちろん
子どもの不安や辛さ
心配などのネガティブな感情さえも
実に的確に表現されているのに気づかされ驚かされる。

子どもの絵を読み解くというと
かなりの技術が必要なのかと思うかもしれないが、
意外とお父さんやお母さんの
パッと感じた感覚というのが当てになる。

それに、夢でその絵のような情景や設定になったとき
どんな風に感じるかを想像してみることが出来れば、
子どもの心の窓を覗き見ることができるだろう。

これもまた、夢見と同じように
多少の慣れや練習が必要かもしれないが、
やってみる価値は充分に有ると思う。

このように子どもの絵の読み解きは、
ちょっと始めは難しく感じるかもしれないが
まず、お父さんお母さんが読み解いてみることで、
自然に子どもの心に寄り添うような
子育てになってゆくための
手がかりになるかもしれない。

そのうえで、何かまだ気になるようなことがあったら、
アトリエに相談してみてほしい。

いずれにしても、子どもが気になる絵を描いたなら
たかが絵だからと軽く考えずに、
真摯に向き合っていったらいいと思う。

そこから、子どもとの新たな結びつき、豊かな関係を
得ることができるだろう。

子どもの絵や作品には
多くの言葉を持ち合わせない子どもたちの
心の窓として沢山の情報が込められているのだ。

明日には死ぬかも知れない・・・と感じる視点。
普段はこのような視点を持つことなど
なかなかない。


しかし人は、重大な病気や、災害、
事件事故などの当事者になったときなどに、
この「明日には死ぬかもしれない・・」
という視点を持つことになる。


何年か前、高熱を出して病院に行った時のこと。

検査で右側の副腎にこぶし大の腫瘍が見つかり
緊急に入院し、手術を受けることになった。

高熱でしかも背中が激しく痛んだのだが
その症状を見て主治医の先生は
3日持たないと思ったそうだ。

そのことを告げられた夫の動揺。
看護婦さんや医師の緊迫した雰囲気・・・
その緊迫感は半端じゃなかった。

それをまた寝ながらどうも出来ない無力感。
これは、死ぬのかもしれない。

もう、私には明日という日が無いのかもしれない
やり残したことが沢山ある。
見たいものが沢山ある。
やりたいこと試したいことが沢山ある。

サヨナラならサヨナラで、
ちゃんと会って告げたい人が沢山いる。
まだまだ、なにもやり遂げてはいない。
嵐のように感情が荒れ狂った・・・


担当医の先生の話では
まだ検査の段階で、副腎に出来たその腫瘍が
良性で心配のないものなのか、
それとも悪性のものなのかという答えは出ていない。

また実際には、手術で取り出した腫瘍を
調べてみないことには、はっきりしたことは
何も言えないとのこと。


そもそも副腎に腫瘍が出来ること事態が他の癌に比べ、
めずらしいのだとも聞きいた。


告知を受けた精神状態と言えば
先に書いたような直後の「ショック」「否定」
の状態から、「受容」の状態を経て、
「前向きに行動」の時期を迎えた。
まさに教科書通りの反応だ。

もともとの能天気でお気楽な性格のせいもあるが
まあ、取りあえず前向きに取り組んでいこうという
そういう気持ちにはなるまでに
意外にもそれほど時間は掛からなかった。

関わって下さる医師や看護婦さんを始め
家族や友達の温かい支援にもよる所が大きいが
毎日文章を書いていたのも良かったのだと思う。

さて、ここで話を戻して
この「明日が無いかも知れない・・・」という感覚を
持てた事に関しては、大きな収穫だった
な・・

なんでそう思ったか・・・
そのときまで、それこそ色々あったにも関わらず
意外とこのような感覚を持ったことは無かった。

哲学的な意味合いはともかく
「死という完全なるこの世からの撤退」から逆算して
、つまり生きる、生きて在ることの意味合いを
深く捉えてゆくという視点で物事を考えるならば、
おのずと よりはっきり
明確に研ぎ澄まされてゆく感覚が
あるものなのだと実感した。

まさに、新たな視点を得たと言える。

今この視点を軸に、これからの生き方を
考えて行けたらいいなと考えている。


たとえば、私の最大の欠点として
なかなか物が捨てられない・・
ということがあるわけだが、

この新たな視点から考えると、
物は厳選して本当に好きな物を必要なだけ所有すること
そこに本当の贅沢さを感じる。

「本当に良いものを少しだけ」であるならば、
明日私が死んでしまっても、
家族に膨大な遺品を片付けさせる・・
というような、余分な負担は与えずにすむ。
というメリットもある。

また私は明日でもいいことは明日に回そう派だったが
今日やらなければならないことは、
出来るだけ明日に持ち越さない派
になりたいと思った。

というのもまた、当たり前のことなのだが、
大事な事だったんだということが実感として判った。

やりかけの仕事を残されても
家族や職場の人達に迷惑をかけてしまう

ということが今なら実感できます。


これらの感覚は、大事に保ちながら
これからの生き方を見直してゆけたらと思っている。


さらにまた、今まで私は
すべてを全部自分の背中に背負い込んで生きてきた。

アトリエやカウンセリングの仕事は
私自身の生きることそのものなので除外するとしても

こまごまとした家事、家族の問題のあれこれ、
家の補修から手配からのすべて
家計の問題のすべて・・・

とにかく何もかもを背負い込んで
手放すことが出来なかったのだ。


だからってけしてすべてが
うまく出来ていたわけでは無いのだが
手放せない・・。


助けてと言えない。
手伝ってと言えない。

どんなに疲れていても文句1つ言わずに
頑張っていた。

家族を支えるだけ支えて、
それでも、「私を支えて」とは言えないでいる状態。


けれど、このような状態というのは
けして健全とは言えないものだったんだな・・・
と今なら判る。

一人だけが頑張って支える家庭の姿は
自然な形とは程遠いものなのだ。

その1人に何かあったら
すべて壊れてしまうのだから・・。


あまりに長い間こんな調子だったので
家族の誰もがその不自然さに気が付かなかった。


けれど、今回、まるで立ち木を刈り取るように
ばっさりと日常生活から切り離され
いきなり入院生活が始まった。

どうヤキモキしようが、ジタバタしようが
もうどのようにも仕様がなかった。

ところが、
まるでその空いた空間を埋めるかのように
家族が力を合わせて、日常生活を始めたのだ。


毎日交代で料理を作り、掃除をして、洗濯をして、
アトリエまでこなしてくれて・・・

それぞれが自立して考えて、動いてくれている。

私が手放せなかっただけなんだな~・・・
と改めて思い知らされた。


1人に何かあったとしても、
家族が自然に続いてゆけるような体制を作って行く

これは、けっこう大事な事だし、
本当に豊かな人生を望むならば重要な要素と言える。


そんなふうに、1つ1つと、考えてゆくならば、
本当に日々の暮らしから考え方から、子育てから・・
とすべてにおいて価値観の置き所が違ってくる。

一般的なことだが
たとえば、子育てにおいてなどは
もしかしたら、良い成績よりもずっと
豊かな人間性や自分の身辺の自立や、
親が居なくなってもちゃんとやってゆけるような
精神力の強さとか、
臨機応変に対応できる知恵だったりのほうが
はるかに大事かもしれない。


そのように、死を意識した新たな視点を持つことから
初めて見えてくる、今までとは違った生き方。

それはもしかしたら
今までの暮らしよりも格段に穏やかで楽しく
豊かなものになるような気がする。


人に対する姿勢もしかり。
家族であろうと、他人であろうと、友人であろうと
すべての出会いがまさに一期一会であると
心の底から考え、お互い相手を敬い、
想う気持ちで接するならば、
それは自ずと今まで以上に、ぐっと深く丁寧で
豊かなものになってゆくのだろう。


それは、何よりも
いつ終わってしまってもおかしくない
短い人の一生を、より楽しくより豊かに彩りよく
輝かしてくれる何よりの光となるような気がする。


この明日が無いかもしれない・・・感覚
くりかえしになってしまうが
これを得ただけで、今回の病気は無駄じゃあなかったな・・
としみじみ感じ、感謝の気持ちさえわいてくる。

 少し違いますが、以前アトリエの
ある男の子のお母さんからこんな話をお聞きした。


当時9才の
元気が良くて腕白、いつもにこにこと人懐こくて
とっても可愛い男の子Rくんの話だ。


6月ごろのある日学校でお昼休みだったか
お掃除の時間だったかに、
数人のワンパク友達と騒いでいて
うっかり窓ガラスを割ってしまったのだそうだ。


けが人などは出なかったのが不幸中の幸い。
とは言うものの、学校からこの連絡を受けたお母さんは
とにかく学校に謝りにゆこうと
すぐに自転車で出かけた。

Rくんは以前からも時々 ワンパクが過ぎて
学校に迷惑を掛けてしまうことがあったからだ。


学校の先生のはなしでは、
「Rくんだけではなく数人でふざけていた、
ガラスもわざと割ろうとして割ったわけではなく
弾みでたまたまRくんが割ってしまったので
誰が割ってもおかしくなかった、
言ってみれば「全体責任」である。」
というなどの事実関係を説明してもらった。

お母さんは、先生との話し合いが思ったよりずっと
すんなり終わったことに心からほっとしながら
帰路についた。


ところで、Rくんの家と学校の途中には踏切がある。
遮断機に対して、
線路が斜めに突っ切っているような踏切で

たぶん上から見たら
「Nの字」のように見える筈。


学校からの帰り道、お母さんはその踏み切りを
自転車に乗ったまま勢いよく渡ろうとした。

ところが少しふらついた弾みに、
自転車の前輪が線路のレールの溝に
しっかりとはまり込んでしまった。

自転車は、前輪を奪われバランスをくずして、
急に勢い良く倒れてしまった。

はずみでお母さんは
前方に勢いよく投げ出されてしまい
顔から、腕から足から、身体の片面を
激しく打ちつけ、こすってしまった。


昼間の人通りの少ない時間だったので
後続の自動車や自転車が無かったのが不幸中の幸い。

たまたま通りかかった人に手を貸してもらって、
踏み切りを渡りきり、なんとか家にたどり着いた。


調べてみると半そでにスカートだったこともあり
顔はもちろんひじ、膝はもとより

すねやうで、手のひらに至るまで
大小の擦り傷や細かい切り傷に
血がにじんでいて
すでに青黒く痣になりかけている箇所もあちこちにあり
どの傷口にも砂や土がこびりついているという
なんともひどい有様。

傷を洗ったり、拭いたり、消毒をしたり・・・
気が付いたらかなり時間が経っていたようで、
まだ傷の手当をしている最中だというのに
Rくんが学校から帰ってきてしまった。

Rくんはひどい有様のお母さんを見て
びっくりして、かなり動揺したという。

さらに、事故に遭ったいきさつを簡単に話すと
パニックのようになって激しく泣きながら
「ボクのせいだ!」
「ボクがママをこんなこことにしちゃった!!」
「ボクのせいだ!ボクのせいだ!!
ごめんなさい!ごめんなさい!」と
自分を責め続けた。

自転車に乗ったままでは危ないと判っている
踏切を自転車から降りずに渡ろうとしたのは
お母さん自身の不注意以外の何ものでもない。

軽く話したつもりだったお母さんは
そんなRくんの様子に本当にびっくりすると同時に
息子がこんなにも深い罪悪感を抱いてしまったことに
戦慄を覚えたのだそうだ。


もし、後続の車などに引かれるなどして
自分に何かあったら、
息子は深い罪悪感から抜け出せず
一生自分を許せず、自分を責めさいなみ、
幸せに背を向けて
生きることになってしまったかも知れない・・・。


そう考えると、
心の底から「あー!!生きていて良かった!!。
もし、もっと大きな事故になっていたり
私が死んでしまったりしたら、
息子の幸せな人生を奪ってしまうところだった!!

とつくづく感じたという。



 統計などには表れていないが
カウンセリングの仕事を長くつづけていると
かなりの確率で
「自分が親を不幸にした」と思いつめて
自分の目の前の幸せを味わうことに深い罪悪感を抱き
常に緊張したまま生きている方が非常に多いことに
気づく。


多かれ少なかれ子どもは、
常に、自分自身がパーフェクトな存在ではなくて
お母さんを困らせたり、心配をかけたり
あるいは怒らせたりしてしまう存在である事を
子ども本人が重々自覚しているふしがある。


であるからこそ、お母さんに何かあったときに、
「自分のせいだ!」というふうに思って罪悪感を抱き
自分で思いつめてしまうことがあるのだ。

この話しのRくんや、うちの娘のように・・・
現実として大きな負担を親にかけてしまっている
と感じているときにならなおさらそうなる。


現在子育て中の方は、親であるからこそ、
注意深く、
子どもに「一生の罪悪感」のような負の遺産を
背負わせてしまわないように心をくだいてほしい。


愛するわが子にそんなものを背負わせてしまいたい
などと思って生活している親はいないと思うが、
この記事で取り上げたように、
子どもは自分から心の負担や罪悪感といったものを
親が考えるよりはるかにたやすく
抱え込んでしまいがちであるのもまた事実なのだ。


また、このような親に対する罪悪感から、
現在 生き辛さを抱え
本来楽しい場面でさえも
心から楽しむことが出来ない・・


これを読んでいるあなたが、そんな方であるのなら
親はいつだって大切なわが子に
罪悪感などをもって欲しいとは
これっぽっちも考えていなかった筈ということ。

あなたにはあなたの人生があり、
様々な選択肢があるように、


親にも親の人生があり、
選ぼうと思うなら選べる多くの選択肢があったのだ

という事に気がついてもらいたい。

つまり
あなたと親の間にどのような事があったにしても
あなたが親の人生をどうこうできた筈も無く
すべては親自身が選んだ結果だったということ。
それを改めて認識してほしい。


* 最後に、「きみの友達」という重松清さん原作の
日本映画の比較的冒頭のシーンなのですが、
紹介させていただきたい。


小学校4~5年生のあるクラスの
ホームルームのシーンからこの映画は始まる。

大縄跳びの校内対抗の試合に向けて
縄を持つのは誰が良いか・・
という話し合いをしている。

その結果
最近逢ってしまった交通事故で
松葉杖の生活を余儀なくされ
家でも学校でも鬱々とした生活をつづけている
女の子「恵美」と、
心臓が悪くて激しい運動を医師から禁じられている
心優しい女の子「由香」が選ばれる。
出来るかどうかではなく

二人とも縄跳びをすることが出来ないという
ただそれだけの理由で・・


さて、今まで口を利いたことも無いこの2人の少女は
2人だけで大縄を回す練習をすることになるが
運動らしい運動を1度もしたことのない由香の
あまりのへた振りにイライラした恵美が
由香にこのような事をいう。


「私がトラックに跳ねられるようなはめに遭ったのは
半分は由香のせいなんだからね!

あの事故があったのは午後から雨が降り始めた日だった。
私の入っていた傘
に何人もの友達が入ってきちゃって
私がはみ出してしまった処に、
道路の反対側に由香がいたのよ。
だから、私、由香の傘に入ろうと思って道路を渡ったら
そこにトラックがきて事故にあってしまった。

私はもう一生普通には歩けるようにはならないし
かける事もできないのよ。

ほらね、半分は由香のせいでしょう?」
(記憶で書いているので、
セリフの言い回しなどに違いがあると思うが、
概ね趣旨はこんな感じ。)

驚いたことに、
由香はこの理不尽な言いがかりのような理屈にうなずき
ポロポロと泣き出す。


・・・と深く罪悪感を持ってしまったのだ。

これは、いってみたら単なる映画の1シーンでしかない。

けれど、子どもが常に誰かと繋がっていたいと
願う存在である限り
、このようにいとも簡単に
たとえ理不尽であろうと
自分の身に引き寄せて
強い罪悪感を持ってしまう事だってある・・
ということが見て取れる。

(さすが重松清さん!!するどい!!)

子どもに、親に対する余計な罪悪感を持たせないよう
に注意をしながら
日々過ごすこと。

それは、とりもなおさず、
子どもが幸せな人生を
きちんと味わって生きていけるようになる為の
親としての作法
なのではないだろうか?