第22話
事件はあちこちで起きていた。
謎のバイオハザード…?怪物の出現はサエラ地区に集中しすぎていた。
負傷者は何人か出ていたそうだが、幸い死者はいなかったそうだ。
オレたちも軽く事情聴取されたが、事件の発生件数が多すぎて警察も忙しかったようだ。
「なんだか―――こっちでもゆっくりできないな…」
みんなが寝静まった後。
オレは一人抜け出して、夜の冷たい砂浜に腰を落とす。
―――眠れない。何かが…色んな事が引っかかっている。
「考えてどうにかなることでもないけどな」
誰もいない海に向かって、そう呟いていた。
波は穏やかで、風もほとんどなく。水面は月明かりを反射して揺らめく。
「あれ…なんなんだよ……あの、気持ちの悪い怪物…」
胸がすっきりしない。
オレは何度か溜息を吐いた。
「ディールさん…」
「!?」
静かに呼びかけられた。
後ろを振り向くと、今日電車の中で会った同い年くらいの男の子がそこに佇んでいた。
「えっと―――ルナ君、だったっけ?」
「はい」
そう言ってルナ君は口元だけにっと笑った。笑顔がぎこちない。
「今日あちこちに現れたもの―――あれは、マインドです」
「―――え?」
思考が停止した。
何秒か沈黙が続いた。
「メリグロウォスで大勢のマインドマスターが襲われた事件があったでしょ?精神力を全て吸い尽くされ、マスターは全員死にました」
「ちょっ……生きてるって!ニュースで全員生きてるって言ってたよ!…意識は…誰も戻っていないそうだけど」
淡々とルナ君は続けた。
「絶対に戻らない。意識も何もかも―――奪ってしまったから……だから、肉体はまだ生きていても、死んだんです」
しんとなった。
植物状態ということか。
脳死の人から臓器移植したりするのと同じような考え方なのかな?
肉体は生きてはいるけど、もう絶対に戻らない―――でも、なぜそんなことを?
「どうしてそんなことを―――」
「マインドたちもそうです。マスターと共に精神力を全て奪われてしまっている。生命体としてこの世界に存在できなくなってしまうほどに。復活するために他者の精神力を求め、理性を失くし、彷徨っている。身体という器は異形へと化して―――」
とても悲しい。オレはとても悲しくなった。
今日エキル兄ちゃんが倒した怪物も、元は誰かのマインドだということになる。
ライバーやトニー、コーンのような…生きているマインドを……
「ルナ君はどうして知ってるの?」
研究者―――にはとても見えない。絶対同い年くらいにしか見えない。
警察でもないだろう。ルナ君自身がマインドのマスター…なのかもしれないが、だからといってどうしてこの世界でまだ誰も知らないことが分かってしまっているのか。
「生まれた時から、なんとなく―――」
感情が全然読めない。落ち着いていて、静かで。少しうつむいたが、気まずいのか落ち込んでいるのか悲しいのか、何も分からなかった。
オレはどうしようもなく悲しかった。誰かを抱き締めたかった。
ルナ君の肩に手を伸ばした。
ふっ…
ルナ君は口元だけ少し笑い、姿が消えた。
夜空の月に雲がかかって、辺りが少し暗くなった瞬間だった。
幻……?だったんだろうか。
ちゃんといたという証は何も残っていなかった。
微妙な疲れを残して、サエラ2日目の朝はスタートした。
あの後すぐに部屋に戻り、色々考え事をしながら…いつの間にか眠りについた、と思う。
それさえも夢だったのかもしれないけど、はっきりと話の内容は憶えていた。
でも、きっと夢だと思う。
どうしてルナ君がそんなこと分かるんだよ?ってね。おかしい。
これがフィリス先生だったら、何かそういう理論なり事例なりで判別がつくかもだろうけど。
「ディール、おはよう」
ランセットが低いテンションで挨拶をする。
「うん、おはよう」
「昨日は…どこか行ってたの?」
ぎくっ…となった。
気付いていたんだ…。
「ちょっと、星を観にね」
我ながらロマンチックな言い訳になった。それに、あんまり間違ってもない。
「ちゃんと寝ないと、大きくなれないよ?」
「…………。」
そう言いながら、ランセットは顔を洗いに行った。
ふぅ…。
「ミユ…」
ライバーが少し心配そうな顔でこっちを見ていた。
ぎゅっと―――オレはライバーを抱き締めた。
出来ることなら、忘れたい。昨日の夢は。
サエラ支部の協会はメリグロウォスのような超高層ビル内のすごいオフィスではなく、4階建てくらいの小さなビルだった。
イレキスにあるフィリス先生の研究所・トライテクノスより少しは大きいのかもしれないが、支部という名前の割には…ちょっと名前負けな気がした。
サエラの人口が少なすぎるわけではないんだろうが―――イレキスの研究所が田舎の割にでかいだけなのかも。
ビルに入ってすぐの受付で研修に来た旨を伝え、研修会場である会議室に案内された。
今日の受講生は全部で16人。見渡してみると20歳前後の男女や……ちょっといい大人な人、おばさん。少し上の年代の人が多いのかな?でもその中に、同じくらいの年の金髪の女の子がいた。
「あ!!リカじゃねぇか!なんでこんなとこにいるんだよ?!」
と言ったのは――――――レッダーだった。
あれ?
「あら、レッダー。あんたこそ、なんでこんなところに?」
リカは立ち上がって、ぽかんとしている。
オレやランセットは完全に話に取り残されている。
「……二人とも、初対面じゃないの?」
恐る恐るオレが訊くと、二人そろって同じ答えを返してきた。
『親戚なんだけど』
話を聴くと―――レッダーの母親の妹がリカの母親で……従兄妹ということになるのか。
それぞれイレキスとメリグロウォスで暮らしてたけど、時々互いの家を行き来することもあったらしい。二人とも年は同じだけど、そんなに仲良し、というほどでもないらしい。
「だって女だもんな!遊ぶにしたっておままごとなんかに合わせられねぇよ!」
「ふざけんな!おままごとなんか4歳くらいで卒業してるわよ!専らゴム跳びとか一輪車よ!!」
「なんだよそれ!女子みてぇじゃねぇか!サッカーやれよ!」
「うるさい!あたしは女よ!!サッカーバカは黙ってなさい!ゴム跳びや一輪車は近所迷惑にもならないしリズム感やバランス力を養えんのよ!それと部活はテニスしてたわよ!」
「テニスなんて似合わねぇって言ってんだろ?力強いんだから女子プロレスでいいんじゃねぇの?」
「だったらその力の使い方をとくとみせてやるわよ!!はっ!」
「―――っと!甘いぜリカ。そんなんじゃこの俺ぶべばっ?!」
「はっ、調子ぶっこいてんじゃないわよ!クソレッダー!!てぇぇぇーいっ!!」
「ふんっ、そうそう…何度も……食らうかよォ!」
「あ!痛いじゃない!女の子殴るなんて最低よォ!!」
「――――――!!…………~っく…うぅ………」
急所を押えて苦しむレッダーを横目に、オレとランセットは少し離れた席で他人のふりをしていた。
そこへ、定刻に近くなり、前に若い男の人が現れた。
歳は20代中頃から後半くらいだろうか。黒髪の短髪で体育会系なイメージがある。ただ、筋肉質だが少し細身で…こういう新任の先生いるよな~って感じだ。
「それではみなさん、お時間になりましたので始めさせていただきます。私は、ここ協会サエラ支部のS級トレーナーで、今回の研修の講師を務めさせていただきますビルドです。よろしくお願いします」
うん、先生って感じだ。若そうだがS級トレーナーってことは……多分、すごいんだと思う。
「昨日、ここサエラで未知の生物が出現して人が襲われる事件が起きていますが、みなさん大丈夫でしたか?あれは、まだ詳しいことがはっきり分かっていませんが、襲われた現場にはどこもマインドのマスターがいたようです。つまり、マスターが狙われたと見て間違いないと思います。先日はメリグロウォスでも協会本部の襲撃事件が起きています。私たちをとりまく環境は決していいものではありませんが、それに屈せずに強い力を身に着けていきましょう」
マスターばかりが狙われた……
ルナ君の話の正当性が増していく。
でもビルドさんの言葉通り。オレたちは強くならなくちゃいけない。
マインドの力。正しく使いこなして、強くならなくちゃ守れないんだ―――。

