第4話
ぷっと噴き出してリカは言った。
「宿屋?!ホテルじゃなくて宿屋!まったく、あんたたちってほんとにバカじゃないの!」
「いいじゃないか。男にしか分からない世界もあるんだよ」
「そうね!女のあたしには分からないわ。モンスターにやられないように気を付けてね!あははははは」
笑いながらリカは去って行った。もちろんこの世にモンスターなんているわけがない。
「何あいつ。マジむかつくね」
ランセットは不快そうにリカの後姿を睨み付けた。
「ああいうやつだから、気にしても仕方ないよ」
小さいころから何かと絡んできて、ちょっかい出してくる。
「そんなことより。もうお昼だから、ごはん食べてから出発しようよ」
ごはん―――イレキスのような田舎にはそうそう選ぶほど飲食店はなかった。
それと…予算も。二人とも、それぞれ貯めたお小遣いから今回の旅費を捻出している。
あんまし贅沢する余裕はない。
なので、アゼル食堂という地元の学生御用達の安い食堂に行くことになってしまった。
しまったと言えばしまったけど、オレもランセットも少し前までよく通ったものだ。
部活が始まる前とか、帰りが遅くなった時とか。安いしお腹にたまるから大助かり。
ランセットは具があまり入ってないカレーライスを。オレはわかめそばを食べた。
―――気になるのは、研究所でもらったガイドブックの中身。
事前にライセンスを取得するための試験勉強では法律のこととかが中心だったから、実際に抽出して実体構成を行ったあと、マインドとどう接するか―――というところまでは知らないのだ。
ページをパラパラ捲りながら、オレもランセットも退屈そうな顔でガイドブックから情報収集していた。
なんかのマンガの如く、マインド同士を戦わせたりは出来ないし、他人のマインドを理由なく傷付けるのもご法度だ。逮捕されちゃう。
でも、仮想空間でマインドの力を借りたマスター同士が戦う大会なんてのもあるみたいで。実はオレたちはそっちに憧れてる。まだ試験段階の技術だから正式な大会はまだ未開催で予定での話だけど。仮想空間は現実世界での戦いと違い肉体へのダメージはほとんどないそうなので、オレたちみたいな低年齢でも参加できる見通しだ。まあ、15歳からという年齢規定はギリギリだけど。
食堂を後にして、2人と2匹はメリグロウォスへの旅路につく。
イレキスを北へ向かい、ゆるやかな坂を下る。
坂の脇は住宅地になっている。
でっかい公園もある。
今日は天気もいい。涼しい風が吹いていて、半袖で十分気持ちいい。
寝転がって…ごろごろしたい衝動にも駆られるが、取り敢えず進まなくちゃ。
ただ真っ直ぐに舗装された路を歩いて行く。
ここまで来ると家や建物は疎らになってくる。
街の中心からは大分離れたから。
辺りに見えるのは、木とか木とか木。
そして、オーガー森林公園に突入。
小さい頃は遠足で来たりもした。
森といえば一度入ると出られないイメージがあるが、この森も実はちょっとそれがある。
公園という名はついているけどかなりだだっ広く、真っ直ぐ抜けるだけでも1時間はかかると思う。
路は舗装されていないけど人が通って草が長く伸びていない道が出来ている。落ち葉が積もって、靴で踏んだ感じがふわふわしている。所々に木の立札がある。外灯はほとんどないので、夜になったらお終いだと思う。辺り一面が翠だ。
傍に、川が流れている。森の中の川だからか、水も翠だ。ボートも時々浮かんでいるけど今日は見えない。
もともとそんなに人気がある場所じゃない。休日とかにはスケッチに来る人や親子連れの姿もあるけど今日は平日だし。ここも抜けてしばらく歩けばメリグロウォスだが、普通リカのように電車を使う。
オレたちも物好きだよなぁ~と自分で思ってしまう。
―――遠く……近く。様々な種類の鳥の鳴き声が響いてくる。木々の間から零れる陽光。
小さい頃、ランセットや他の友だちと一緒にここに遊びに来たことがある。
確かその時は―――リスを捕まえて持って帰ろうと頑張ってた。家でペットにしたら可愛いんじゃないかって話になって。
でも全然捕まえられなかった。リスはとにかく早かった。そしてそのうち通りがかった知らないおじいさんに叱られた。
―――まあ、まだその頃は小さかったからな。
ライバーもトニーも自分の足でちょこちょこついてきている。
人間とは歩幅が違うので抱きかかえようかとも思ったけど、2匹とも4足歩行になるとスピードが上がる。でも通常は2足歩行だ。ライバーはともかく、トニーがネコだという話は時々嘘だと思う。
マインドの生体は謎だが、きれいな水と空気があれば生体維持は出来るようだ。
他は。病気になった時とかに、特殊なお薬を飲ませてあげたりはあるみたい。
なので、オーガーの休憩地点ではベンチで15分くらい休んで、ライバーやトニーも含めてみんなで水道の水を飲んだ。
川は流れているけど、緑緑した水なので、全く飲める気がしない。
魚は…たしか、あんまりいた気はしない。
森も深くなって、辺りも少し暗くなり始める。
人は―――いない。オレはライバーを抱っこした。うん、あったかい。
ランセットに視線を移すと、ランセットもトニーを抱っこしてた。
道なりに進めばいいだけの森。時々立札があり、方角や出口までの距離などが記されている。オレたちは気が付くと早歩きになっていた。
―――頬を……一筋の汗が流れる―――
オーガー森林公園に入ったばかりの所は疎らに人もいたし、オレたちも楽しくお喋りしながらピクニック気分で歩いていた。
でも今は周囲は無人。時刻は15時40分だった。
森を抜けてからメリグロウォス中心街に着くまであと2時間は見ないといけない。
時間に余裕はないけど、森自体はあと5キロくらいで終わると思う。そう苦しくはないはずだ。
オレはサッカー部だったし、ランセットはバスケ部だった。どっちも足には自信がある。
ただ――――――
「ディール、走っちゃう?」
シリアスな顔でランセットは小声でオレに話しかけた。
やっぱり、何か気付いたようだ。
つけられている。誰か分からないけど、多分いいやつじゃない。
「森を抜けるのに5キロくらいだと思うけど、ダッシュいける?」
「うん、オイラよゆーだよ」
辺りを警戒して、顔をこちらに向けずノールックでランセットは答えた。
よしっ。お互い頷き合って。
『せーのっ!!』
マインドは左脇に抱えながら右腕は全力で振りまくる。
足元は舗装されていない道。転ばないように気も配りながら、
周りの景色はめくるめく変わる。これでつけてくる変な人を振り切れればいいのだが
がっ!
電動鋸で板を軽く擦ったような音がした。左足に強烈な違和感が走った。
オレは右手をなんとか地面につき、ライバーを潰さないように倒れた。
右足の……太腿の裏―――ハムストリングスのある位置だと思う。強烈な違和感を覚えて、見ると血が出ていた。厚手のジーンズを穿いていたが、音の通り何らかの刃物で切り刻まれたようだ。ジーンズの生地は少しめくれていたが、傷の程度までは見て確認できない。
無理すれば立ち上がれそうだが、走るのは到底出来る気がしない。
ライバーは立ち上がり心配して鳴き声をあげる。
「ミユミユ!」
「ディール!」
隣を走っていたランセットもオレが倒れてすぐ気付き、駆けつける。
目の前には知らないおっさんが6人立っていた。
マンガに出てくる銀行強盗の格好に似ている。目だけを出して黒の覆面で髪や口元が一切見えないようにしている。格好も黒系のもので色は統一されている感じだけど全員微妙に違うものを着ていて、印象に残りにくい。
体格は左から普通普通・長身・大柄・普通・マッチョ。どれが誰とか形容しにくい。
目元だけが見えるが、やっぱり全員目つきは悪く、ろくな人生送ってなさそうだ。
―――オレは、こういうときの対処を知らない。
「オレたち、お金持ってません」
緊張と足の痛みで頭が回らない。かろうじて吐けた言葉はこの程度だ。
「そうだよ。まだ15だし、学生なんだ」
ランセットも乗っかる。間違ったことは何も言ってない。
しかし―――
「我々は追剥ではない。―――お前たちを半殺しにして、連れていく―――」
中央にいる長身の男が、感情の感じられない静かな声で答えた。
まずい…!!心の中は焦っていた。奴隷商人か臓器売買が頭を過った。
単にチンピラに絡まれてボコられる展開でも、恐喝されて全財産奪われる展開でもない。
こっちは子ども2人とネコとウサギみたいなドラゴンだけ。体格差のある男6人と戦えるだけの力もなければ逃げられる可能性もない。
男たちはこっちへゆっくりと近づいてくる。オレは考えを巡らせる。
武器のかわりになるものはないか。警察を呼べないか。携帯でどこかに連絡する隙も与えてはくれないだろうし、広大なオーガー森林公園の現在地を誰かに伝えるのも難しい。
1人2人なら少しの間オレが抑えてランセットを逃がし、助けを呼ばせられるだろうが、6人相手は絶望的だ。電車を使わなかったことを…オレは後悔した。
「オレは何でもします。好きにしてください。でも友だちは見逃してくれませんかべっ!?」
突然、頬を殴られた。口の中は血の味がする。
敵にやられたわけじゃない…。オレを殴った本人は、涙を必死に堪えながらオレを庇うように抱きしめた。