第2話
機器から少し離れているポットに、ちょこちょこ動く生き物がいた。
「リカちゃん、成功よ!ゆっくり起き上がって」
フィリス先生は少し疲れた声をしていた。この瞬間は、やっぱり先生も緊張していたようだ。
「あはっ、どんなの?!キャー☆」
フラフラした足取りで軽く頭を押さえながら、リカは生き物の入ったポッドまで駆け寄った。フィリス先生が中からそっと抱えあげて、リカに渡した。
青っぽい鳥だった。小鳥じゃなく、サイズは小柄なカラスくらいある。
「はじめまして。この世界へようこそ……」
リカは普段絶対見せることのないような母性に溢れた表情と声でその鳥を優しく抱いた。
「あたしはリカよ。あなたは……ケアリーよ」
「えっ…?!もう名前決めたの?!」
フィリス先生は驚愕した。まあ、リカはこんなもんだから。ケアリー―――由来はオレにはよく分かんない。
「リカちゃんもケアリーも、少し休んでなさい」
フィリス先生は優しく微笑んで、近くにいたスタッフの方にリカをベッドまで連れていくよう指示をする。リカはベッドに腰掛けて、スタッフの方から温かい飲み物をもらって飲んでいた。
【マインド】は、人間の精神的な力を一部抽出し実体構成させて生み出す生き物だ。だから、精神疾患を患っている人やメンタルの弱い人から無理に抽出するとそのままマインドもマスターも共に死に至ることがある。だから事前に色々な検査をクリアして、取扱いのためのライセンスを取得しなければならない。強い意志の力がなく、抽出によって弱体化した精神状態になればそのまま自我を崩壊させて廃人になったり、何らかの精神疾患を患う危険が伴うのだ。
実体構成は機器を用いて化学の力で行われるが、抽出した精神にマッチするボディを自動構成していくので、形態は選べない。鳥が好きだから鳥のマインドが欲しい!と言っても、その人の抽出した精神が獣の形で収まりやすいのならば獣で生まれる。獣の形で収まる精神を無理やり鳥のボディを形成して押し込んでも身体がうまく動かせなかったり、生まれて来れてもすぐ死んだり。だからその辺の人為的な操作は法律で禁止されている。
フィリス先生が「最後まで責任を持つこと!」と言っていたのはその辺の事情があるからなのだろう。
特定の動物が欲しいのであればペットショップに行けばいい。マインドはペットとは違う。自分の気に入らない姿形だからと平気で捨ててしまうことはできない。
ランセットが続いて抽出作業に入っていた。
リカのやってた手順と同じ。CTみたいな危機に全身すっぽり覆われて…
「それじゃあ、ランセット君。いくわよ?あなたは……普段通りでいいわ」
「えっ?!オイラだけ普段通りって?!なんか強く意志を持ちなさいとかなんとかってのはないんですか?そもそも普段通りって一体―――へ?!」
ランセットの抗議の途中で抽出は終わった。リカの時とは違い、フィリス先生には余裕がった。
「あなたは通常の人よりも根性があって個性的だってことよ。他の人にはないその個性を武器にしなさい」
言いながらフィリス先生は同じく鳥の出てきたポッドから―――タヌキ?みたいなものを拾い上げる。
ランセットが個性的とは驚いた。リカの方が絶対おかしいと思うから。でも…どっちもどっちか。
「はい、これがあなたのマインドよ」
「…………」
じーっとタヌキを見つめるランセット。
「なんか、変なタヌキだな。おまえ」
するとタヌキは飛び上がって抗議した。
「わ…わいはタヌキやないっ!ネコ型マインド!!」
喋った。
「…ひっ?!喋ったわ!!」
一番驚いたのはフィリス先生だった。2、3歩ネコタヌキから後ずさる。
「へー。おまえ、ネコなんだ。オイラはランセット。よろしくね」
ネコを抱えて、ランセットは友だちと話すように対等に言葉をかけた。
「おうっ。よろしゅうな!」
ネコタヌキは変な言葉遣いだった。…これが、個性ってやつなのかな。
「はっ……!そうそう。ランセット君。このネコちゃんの名前はどうするの?」
放心状態から立ち直ったフィリス先生は、まだ少し困惑しながら話を進めた。見た目が微妙なのもあるけど、多分マインドが口をきけるケースが珍しいのだろう。オレもきいたことがない。ランセットは5秒ほど考えた。
「トニー」
「なんや、普通の名前やな!」
早速ネコに突っ込まれた。
「だってさ、呼びやすいし。強そうだろ?」
「ん~…わいはあんま自分のこと強そうだとは思わへんけどな。」
ネコは困った顔で頭を掻いている。動きが若干人間っぽい。
そこへフィリス先生が割って入る。
「ちょっといいかしら?トニー。あなたどうして喋れるのかしら?」
トニー決定。
「なんやあんた?科学者かいな?わいは別に喋っとらんで?」
でも、はっきり声が聴こえている。
「……―――!!テレパシー…ね?」
フィリス先生は驚愕した。
言われて見れば…トニーの口の動きと発せられた言葉が微妙にずれている。
そうか。
ネコ?の骨格や歯並びとかじゃあ人間と同じ言葉を発音できない。言葉を…意志を通じ合わせるためにテレパシーを使っていたのか。でも…
「どうしてトニー君はテレパシーが使えるのかしら?」
生まれたてのマインドに率直な疑問をぶつけてた。
「そんなん知らんがな!あんたも科学者なら、自分で調べてみぃな!」
フィリス先生はトニーに説教されていた。まあ、ごもっともだなとオレも思った。
「……わかりました―――失礼しました」
敬語になった。そして、自分の失態?に気付き、悔いていた。
ランセットは一連のやり取りを見て呟いた。
「なんだかよく喋るやつだなぁ」
たしかに、ね。
ランセットはリカの時ほど疲れていない様子で、自分の足でしっかり立ち上がっていた。そのままトニーと色々喋りながらリカたちのいる方へ歩いていく。
ちょっとだけ…。ランセットがトニーといっぱい喋ると、もうオレとはあんまし喋ってくれないような気がした。
少しだけオレは不安な顔をしていたのか。ランセットはオレに向かって、親指を出してグーサインしていた。
心配しないでガンバれよ―――テレパシーは使えないけど、なんとなくそう言ってる気がした。オレはグーサインを返して、おうっ!と心の中で返した。
「さあ、最後はディール君ね」
フィリス先生はカタカタとパソコンのキーボードを打って、抽出の準備をする。
オレは抽出機器の中に横になる。ゆっくり機器に覆われて、全身をすっぽり包みこまれる。
なんとなく、耳鳴りがするような気がした。
目に見えないものをどうやって抽出するのか―――専門家じゃないからそこまでは分からないけど、いざやるとなると、やっぱり不安にもなる。
パソコンと睨めっこしているのか、準備に少し時間がかかっているようだった。
「そうね……」
フィリス先生はぶつぶつ呟きながら何かに手間取ってる感じだった。なんだか、不安になってきた。合格してライセンスをもらえたとはいえ、オレの精神じゃあマインドを生成できないなんていうことになったら…?今まで遊ぶの我慢してすごく勉強して、厳しいハードなトレーニングもこなしてきたのに…
これまでのことを思い返して、オレは少しだけ泣きそうになってきた。
「ディール君、お待たせ。リミッターの設定してたから遅くなったわ。あなたは、自分のやりたいことを…夢を真っ直ぐ描きなさい。タイミングが合えばこちらからいくわ」
やりたいこと。夢を真っ直ぐ……
―――オレは、身体を動かすことが好きだ。動物も好きだ。ランセットと一緒に冒険したい。世界は…すごく広い。見たことのない景色。行ったことのない街。色々な人に会って。色々な体験をして。そうして大人へなっていきたい……。
広大な大地と。遥かな蒼天がイメージとして浮かんできた。そして……
「終わったわ。成功よ」
フィリス先生の声が聴こえた。
ほっとするよりも先にオレは自分のマインドを早く見たかった。
身体を覆っていた機器はゆっくり離れていき…
オレは飛び起きてポッドへ向かった。
ちょうどフィリス先生が抱え上げ、オレに渡してくれた。
「かわいいわね。大事にしなさい」
白い動物だった。えーっと…
「ウサギじゃないの!」
背後からリカの声が聴こえた。
もう体調は戻ったのか、ケアリーと一緒にすぐ後ろまで来ていた。
「ちょっと待てよ。ウサギっぽいけど、しっぽは長いし、耳?もなんかでかいじゃないか?」
オレは抗議した。ウサギも好きだけど、なんかそれとは違うと思った。
「ふんっ、馬鹿ね。ロップイヤーっていう耳の長いウサギもいるのよ」
偉そうにリカはオレを見下してきた。
「ロップイヤーは耳垂れてるだろ?こいつのは立ってるぞ!多分、これ角だよ?ドラゴンだよ!」
ドラゴンは空想上の動物でこの世にいないのは分かってる。でも、ウサギよりドラゴンだったらかっこいい。
「ドラゴンだなんてお子ちゃまね~ゲームのやり過ぎじゃないの?それに翼がないじゃない?うちのケアリーには翼があるから、その子がドラゴンだというのならうちのケアリーはスーパードラゴンよ!」
「なんだよ。スーパードラゴン安売りしてるのかよ?それにそっちは鳥じゃないか。ドラゴンも翼のない種族もいるんだぞ?!」

