





今日は、約10年ぶりに、友達と会う約束をしていました。
その友達は、少しだけ特別で、お互いにたぶん恋心が
あったのかなと思います。
でも、お互いに何を考えているのか、わからないまま
音信普通になってしまいました。
当時のわたしは、年齢のわりに、とても子供で
結婚をイメージできる女性ではありませんでした。
なので、素敵な出会いがあっても相手と向き合って
将来についての考えを話し合ったりすることはありませんでした。
お互いに別々のひとと結婚して、
まだまだ人間として未熟なわたしだけど、
今なら少しでもそのひとの心を和ませてあげられるのかなと
思ったりもしていました。
そして、ずるい気持ちもあって、いまの生活から
少しでもはやく逃げ出したい気持ちもありました。
(本音です)
なんだかつまらない文章ですね。
でも、今日、時間になっても
その人は現れませんでした。
もしかしたら、遠くで私の姿を見て
10年前とあまりにも違っていたから会わずに
どこかへ行ってしまったかもです。
10年前のひとへの思いは、
開けない箱のなかに、やさしくしまって
おきたいです。
いまは、デジタルの時代で、
SNSやブログ、メールのやりとりが
簡単で、
ずっと会っていないひとの、
写真や文章をみることができます。
メールのやりとりや、
音声動画なんかも聴くことができます。
それをみたり、読んだり、聞いたりして
心が揺れることもあると思います。
でも、それは思い出のなかの一コマが
こころのなかでよみがえっては消える
あわのようなものなのかな。
だから、会って話しをしたかった。
自分の心のなかでゆれる
さざなみが、なにか確かめたかった。
現れなかったひと。
きっと、もうわたしとは違う世界に住むひと。
くるしくて、泣きたくなって、
もどってきた部屋のパソコンには
まぎれもなく、彼のデジタルデータがあり
不思議でした。
きっと、いつかボタンひとつで
そのデータは消えてしまう。
その前に、わたしは今の自分から
抜け出せているといいな。