訳あって久々に調停時の書類を引っ張り出してきた。
パラパラと見ただけなのに、よみがえってきた。
虐待だ、家事育児の放棄だ。本当に何でもあり。もちろん証拠はほとんどなかったけど、最も驚いたのが、修正&加筆された旅行先で撮影したビデオ。虐待したという最も重要な箇所は彼の加筆による証言のみ。映像に映っていた私は痩せ細っていて目が死んでいた。
もちろん調停委員の方々も調査官の方々も、私たち親子のやり取りを実際に見てたので、そんな相手方の主張は完全にスルーしてました(汗)
調停から解放されて1年半。恐怖や怒りよりも「恥ずかしい」という思いが強い事に気付いた。
モラハラに真っ向からぶつかっていた自分。一語一句、真に受けてた自分。
今の私には時間と労力の無駄にしか思えない。
でも相手に届かなかったとはいえ、こちらの言い分(決して言い訳ではない!)を相手方に主張した事には大きな意味があったと思う。
あまりにも噛み合わない書面上での言い争いは、「やっぱり相手方とは別れるしかない」という結論に自然と導いてくれた。
子供が今、こんなにケラケラと笑ったり、大きな声で泣き叫ぶのは、居心地が良い環境の中で自分らしくいられるから。
それは一番身近な存在である親の私がそうだからだとも言える。