いい人と呼ばれる人。どこにでもいます。
気配りができる人。
面倒なこともついつい引き受けてしまう人。
もちろんサイコーに心根がピュアな人もいらっしゃいます。
でも、必要以上に謙虚だったり、遠慮したり、自信の無さが顔やしぐさや表情に出ている人。
そういう人は印象が薄い。
はっきり言ってしまえば、何も形容することがない時、いい人と言っている場合があるのではないだろうか。
わざと不遜な態度をとったり、自分を大きく見せようとしたりしても意味ないんだけど。
その場で、どう過ごしたいのか。目の前の人とどういう関係性をつくりたいかが、
明確で無いために、
せっかくのその人の価値が良さが
遠慮したり、自信の無さによって、スポイルされるのは、もったいない。
光が弱くなる。
磨かなくてもすでに光っているのに、
自ら光を弱め、光らねえ。光らねえ。って躍起になる。
僕もいい人のカテゴリにはまっていないかと
常に思っています。
誰かにとって、
じわーっと響くような人でありたいと思いながら
それでは、光が弱いだろ。印象に残んねーよ。
と自問する。
宮沢賢治のアメニモマケズのような考えは、さっぱりわからんな。と思えてきました。
けっこう欲深い煩悩まみれの夜