ふとカラスの鳴き声が無気味…と感じ次の事を思った。
無気味…それは私の感情と思える。それを受け入れる負のポケットが私の中にあるから
そう感じる。
それは私が負のポケットを持っていることによって生じる感情…なのか?

例えば誰かをキモイと言う、その感覚はキモイと感じる負のポケットを持っているからそう感じるということ

負のポケットを持っていると言う事は不完全さによるもの
魂のレベルが上がれば上がるほど負のポケットを落としていく。

こういう捉え方もある。だいぶ前に読んだ本なのでちょっと不確かかもしれないけど
確かこんな事がかいてあった。
私達の感情は、私達が持っているものでなく、すでに全てあるもので地球のまわりにある感情帯から、私達の波長に合わせて降りてくる…というもの…はたして……。
私達は生きていく上で、後ろ指を指されるようなことをしないで生きて生きたいとよく思う。…と言おうか人の目が怖い、気になる。

しかしよく考えれば後ろ指を指す、人のことを批判する、悪口を言うという行為はそんな誉められた行為ではない。どちらかというと?レベルが低い段階のことである。
だから自分の人生を歩む時にそういうレベルの低い状態でする評価を気にするなんて、
勿体無い事だと思う…て言うのは簡単だけど……。
T・V  パリのカフェ

ある一人の青年が、閉店の時間になっても居心地がいいのか帰らないお客さんに一人一人
に優しく閉店の時間を伝える…。

その青年は「笑顔はとても大切、1日の終わりに怒り顏を見たら台無し
スタッフも大事なんだ、人に何か与えられる人、 人に元気を与えられる人、大丈夫さって
伝えられる人」

その青年は「フランスで自分のお店を開きたい」と言っていた
この人ならできるっておもえた。
トイレの片隅に巣を貼っているクモを見つけて、

ゴメンよクモさん、私はあなたがそこに居ることに我慢できない…

だから処分するね…(そこに生活してたのにね…)

人間ってこんなふうに他の者(生き物)を傷つけないと生きていけないくらい弱い生き者

なんだ…

でもいつかきっと私達は成長して、全てのものが許せる光の存在になるから…

その時まで……ごめんよう…!!!


いつのことやら…いや意外とすぐそこに…???
人間っていろんなものを囲いたがるよなあ、囲う事で、把握したと思い、やっと安心して生きていけるのな?でも、だから、いろんな事が心の底では不安定なんだと思う。みんなそうやって思い込みの中で生きている…私もきっと‥。  囲うことで安心感は得られても、
きっと大切な情報、感性を遮断しているんだ」と思う。
源の真実を読み取るには、その囲いを少しずつ取り外していく必要がある。でもその作業は結構難しいよね。囲いを外したら、グラグラして崩れそうになったり、立っていられなくなったりしそう。
そうならない為に、確かな真実、揺るぎない真実を手に入れたい。
最終的には大きな、大きな愛に気ずくことだよね。