ひとつ前の記事の続きです。
今回、仕事が決まるにあたって、
管理職としては、
職場の人への気遣いというか、
声をかける順番みたいなものがあったようです。
私が望んだポジションに
今の職からスイッチしたいかもしれない人が
私以外にもいたというです。
その人とは私もずっと仕事を組んでいるので、
当然私も、その人も申し込みたいかもしれないと思いました。
なので、
求人を見つけた時にその人にも情報をシェアして、
希望されますか?と確認したんです。
その人は、
「今の仕事の勤務時間が自分には合っているから、
その仕事は希望するつもりはないよ」
との返事でした。
それを聞いて、
私は応募しようと思っているんだ、と話しをしてありました。
その数日後です。
私の採用がほぼ決まったあとで、その人から、
「管理職から応募しないかと話があって
自分は断ったんだけど、
周りからもなんで断ったの?といろいろ言われたり、
次年度の人の配置体制がいろいろ変わることを知ったりして、
今の仕事をどうしようか考え始めてるんだ」
と、打ち明けられました。
えーー!
それ、なんで私に言うーー?
って、混乱しまして!笑
これまでの私なら、そこでグルグル考えて不安になっていたと思うんですけど、
その話しをされたその場で、
「それは、私が決まりそうな仕事につく方がよかったかもっていうことですか?」
って、そのものズバリを尋ねられたんです。
その人との10年働いてきた関係性があるから、
これは聞けるし今直接聞くことだな、と思ったからです。
そしたら、相手も真っ直ぐ答えてくれて、
「今の仕事が一番いいのは変わらないから
あなたの仕事が決まったことは関係ないの。
でも、今の仕事をするにあたって
次年度からは他の人と組んで担当することになるかもしれないって言われたことが
自分としては納得できないというか、
働きづらくなるから嫌だなぁと思っているのよ」
と、説明してくれました。
この話しを聞くまで私の中で大暴れしたのは、
私より先に声をかけたのなら
管理職はその人にしてもらう方がよかったってことかな?
周りもなぜ断ったの?って聞くと言うことは
その人にその仕事をしてほしかったということかな?
私じゃなかったのかな?
私じゃないのに図々しく割り込んで強引に決めちゃったのかな?
こんな思いが
ものすごい勢いでグルグルしたんですよ。
でも、本人と直接話せて、
私が引っかかることも真っ直ぐ伝えて答えてもらえたことで、
この人が今悩んでいることが
私のせいだと思っていたんだな。
私がポジションを奪ったと思っていたんだな。
でも、そんなことはなかったな。
悩んでいるのは私のせいじゃなく、この人の大切にしたいものがあるからなんだな。
と、フラットなところに戻ってこられたのです。
そして、
もし仮に、
この人が仕事に就くことを望んでいた人がいたとして、
私がその仕事に就くことでその人たちを
ガッカリさせたり、なんならうらんだりされたとしても、
それすらも、
その人にとって大切にしたいものがあるから
そう思うのだから、それも仕方のないことだなと思いました。
そして、管理職は、
全体を考えてその上で私を採用してくれたのだから、そこに私が罪悪感を持つことも遠慮することもいらないんだな、と。
私なりにその人に気遣いもして
話しをした上で応募したんだ、とか
そういうことを周りに言ってわかってもらおうとしなくても、もういいや。
思いたいように思ってくれていい。
そんなふうな思いが自然とわいてきたのです。
びっくりしました。
あぁ、これが
人と自分の境界線なんだな、と。
今回は、
その打ち明けてくれた人に何かを働きかけるでもなく、
ただ話されたことを聞いて
言いたいことがあれば伝えて、
その人はその人のしたいようにするし
その人が自分で決めているんだ
と、自然とそう思えたので
私がその人にこちらから何かをしようとするのをやめようと思いました。
励ましたり、気をつかうことをしませんでした。
するのをやめようと決めたんです。
自分で決めて行動している人に対して
必要ないことだと思いました。
敬意です。私なりの。
そして、そんな思いで正直に話しをしていったらね、その人がこう言ったんです。
「いろいろ思っちゃうのはね、
私にずーっと疎外感があるからなんだと思うんだ。
いろんなことをそう感じちゃうのよ」って。
これを聞いてね、
あーー、やっぱり私を映してくれてたんだなぁと思いましたよね。
私じゃなかったんじゃないのか?
っていう疑念が大暴れしたんですもの、私、
私にも同じような思いが先にあって
それがその人に投影されていたんだなぁって
そう理解しました。
今回、どうしてこんなふうに自然と、
相手がしたいようにするんだなって思えるようになれたのかな、と思ったらね。
自分のネガティブな思いを
たくさんたくさん書き出して認めてきたからかなー、と
思いました。
私の中には
ものすごい量の妬みやら恨みやらが渦巻いていたし
罵詈雑言を吐いてる私が山ほどいました。
でも、それを連日山ほど書き出していくたびに見えてきたのは、
大切にしたいことがあったのに
それが叶わなかった
という私なりの事情があったということでした。
そして、その叶わなかったということも、
誰かにどうにかしてもらうとかの話ではなく、
自分がどうするかでしか決着しないことだ
ということが
だんだんとわかってきたんですね。
人のせいにしても何も解決しない
ということを
膨大な書き出しから実感したんです。
これが自分の中ではら落ちしたので、
他者もそういうものなんだ
ってことが
自動的に採用されていたみたいです。
その人が、
自分でどうするかでしかないんだ
ということが心底わかったから、
他人のことに私が何かする必要はないんだとわかったのだと思います。
恨みたいなら恨めばいいし、
嫌いたいなら嫌えばいい。
離れたいなら離れればいいし、
それとて全部、
その人がしたいようにすることなのだから、
その人にとってそこには大切な何かがあるのだろう。
ホントに自然にそう思えたのです。
びっくりしました。
もちろん、気持ちが揺れるんですけど、
それでもすぐに落ちつく感じです。
ネガティブの書き出し、
すごいですねぇ。
やったらやっただけ
どんどん自分が落ち着いてくることを実感しています。
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