最近の母は、

色々と新たなことを始める。

 

一昨日は美容液。

 

 

そして今日は…

 

 

「マメオ。」

 

帰ってくるなり呼ばれた。

 

「見て。」

 

また何か買ったな。

 

 

そう思った。

 

母が得意げに見せてきたのは、

韓国語の本だった。

 

 

 

「韓国語?」

 

「そう。」

 

「なんで?」

 

「なんか話せたら楽しそうじゃない?」

 

 

なるほど。

 

その理由は、嫌いじゃない。

 

 

翌朝。

 

僕が大学へ行く準備をしていると、

リビングから母の声が聞こえてきた。

 

 

「アンニョンハセヨ。」

 

少し間が空いて、

 

「カムサハムニダ。」

 

また少し間が空いて、

 

「……えっと。」

 

 

沈黙。

 

 

ページをめくる音。

 

 

もう一回。

 

 

 

「アンニョンハセヨ。」

 

 

最初からやり直してる。(笑)

 

 

すると妹が起きてきた。

 

「おはよー。」

 

母は嬉しそうに言った。

 

「おはようって韓国語で何て言うか知ってる?」

 

 

妹は即答。

 

 

「知らん。」

 

「アンニョンハセヨ。」

 

「いや、それさっきから聞いてる。」

 

 

僕はコーヒーを飲みながら笑ってしまった。

 

母は全然めげない。

 

 

「ほら、マメオも言ってみて。」

 

「え?」

 

「アンニョンハセヨ。」

 

「アンニョンハセヨ。」

 

「おぉ〜!」

 

なぜか母だけ拍手。

 

 

妹はパンをかじりながら、

一言。

 

「ママさ。

韓国語より先に英語の"Thank you."覚えた方がよくない?」

 

 

母はちょっと考えて、

 

「……確かに。」

 

って笑ってた。

 

たぶん来週には、

韓国語の本の横に、

何か別の本が増えてる気がする。

 

 

でも、

最近の母を見てると、

 

新しいことを始めるたびに、

ちょっとだけ嬉しそうだ。

 

 

だから僕は、

「また始まった。」

 

と思いながらも、

なんとなく応援したくなる。

 

 

 

【今日の母】

 

韓国語を始めて2日目。

 

覚えている単語は「アンニョンハセヨ」だけ。

 

僕は最近、

朝は大学。

 

昼から夜まではバイト。

 

帰ってきたら、だいたい夜の10時。

 

 

カメラマンになりたい。

世界を旅しながら写真を撮って生きていきたい。

 

そのために今は、とにかくお金を貯めてる。

 

 

だから最近は、

家では寝るだけみたいな生活だ。

 

 

昨日もヘトヘトで帰ってきたら、

洗面所から母の声がした。

 

 

「ねぇ、マメオ!」

 

 

なんだろうと思って覗くと、

母が鏡の前で、ものすごく真剣な顔をしていた。

 

 

 

右のほっぺをぺたぺた。

左のほっぺをぺたぺた。

 

また右。

 

 

 

「……何してるの?」

 

 

 

そう聞くと、

母は嬉しそうに振り返って、

小さな瓶を見せてきた。

 

 

 

「これ、最近すごく話題なんだって!」

 

 

なんか、すごそうな美容液だった。

 

 

「これ使うとね、お肌が違うらしいの。」

 

 

へぇ。

 

よく分からないけど、

母はすごく楽しそうだった。

 

 

すると、ちょうど妹が部屋から出てきた。

 

 

「あ、ママまた美容?

 

「そう!これ今すごく人気なんだって!」

 

 

母はさっそく妹にも勧める。

 

 

「ほら、使ってみる?」

 

 

すると妹。

 

「いらなーい。」

 

即答。

 

 

「え?なんで?」

 

 

「だって私、まだ乾いてないし。」

 

 

母、フリーズ。

 

 

僕は思わず吹き出した。

 

 

「ちょっと(笑)そういう言い方ある?」

 

「あるある。」

 

妹はケラケラ笑いながら、

冷蔵庫を開けて牛乳を飲んでる。

 

 

 

母はちょっと悔しそうな顔をしたあと、

今度は僕の方を向いた。

 

 

「マメオは?」

 

「え?」

 

「使ってみる?」

 

「いや、遠慮しとく。」

 

「なんでよ〜!」

 

 

どうやら今日は、

家族全員のお肌を潤したい日らしい。

 

 

結局そのあと、

帰ってきた父にも勧めていた。

 

 

もちろん断られていた。

 

 

「お父さんも使った方がいいと思うんだけどなぁ。」

 

 

父は新聞を読みながら、

「俺はいい。」

の一言。

 

 

母は

 

「え〜、もったいない。」

 

と言いながら、

また自分のほっぺをぺたぺたしていた。

 

 

最近の母は、

なんだか楽しそうだ。

 

美容液一本でこんなに嬉しそうになれるなら、

まぁ、いっか。