認知神経科学18
動機づけ4
摂食行動の長期的調節のしくみ

今回と次回は、
摂食行動を調節する
生理メカニズムについてお話しします。
今回は、摂食行動を
長期的に調節する仕組みについて説明します。

われわれ人間の行動の中で、
“食べる”という行動と
“呼吸”という行動を比べると、
両者には大きな違いがあることが分かります。

食べるのは、
1日24時間のうち限られた時間です。
1日3度の飯を食べていれば、
生きていくには十分です。
しかし呼吸は、常に続けなければいけません。
数分間、酸素を失うだけで死んでしまいます。

ではなぜこのような
仕組みになっているのでしょうか。

進化の視点から考えれば、
酸素は空気中に常にあり
体内に貯蓄する必要がないので、
その時その時に取り込んで吐き出す作業をする、
またそれを脳幹で自動的に調節します。
それに対して、食物は
自然界では常に手に入るものではないので、
体内で貯蓄する必要があったと言えます。
数分間グルコースが欠乏するだけで、
その動物は意識をなくします。
かと言って、常にエサを食べ続けることは
厳しい自然界では不可能です。
この厳しい自然界で生きていくために、
動物は、エネルギーを体内に貯蓄する仕組みを得ました。
そして貯蓄されたエネルギーがなくなってくると、
われわれは動機づけられて、
即ち「食べたい」と思わされて、
摂食行動をとるということになります。

では最初に、エネルギーバランスの
貯蓄・分解の仕組みを説明します。
代謝metaborismとは、
同化反応と異化反応からなります。

同化反応とは、
グルコースやトリグリセリドを
ATPを利用して、
グリコーゲンや中性脂肪に合成し、
骨格筋・肝臓や脂肪組織に貯蔵することです。

異化反応とは、
貯蔵されたグリコーゲンや中性脂肪を分解し、
細胞の代謝に利用することです。

摂食量と消費量が同じであれば、
体脂肪は正常です。
しかし摂食量より消費量が多いと飢餓に、
また摂食量より消費量が少ないと肥満になります。

グリコーゲンは貯蔵に限界がありますが、
中性脂肪は限界がないので、
脂肪はどんどんついていきます。

このようにわれわれは、
食べることによってエネルギーを貯蓄し、
必要なときにそれを分解して利用しています。
そしてエネルギーバランスを一定に保つ仕組みを
ホメオスタシスと言います。
ここではその制御をどのようにしているのか説明します。

エネルギーバランスを保つために摂食をしますが、
その摂食行動の制御は、
視床下部が行っています。

視床下部の脳室周囲帯ニューロンは、
血液中のレプチンleptinの濃度を検知して、
レプチン濃度が低下すれば食欲を引き起こし、
レプチン濃度が上昇すれば摂食を抑制します。

視床下部からは、自律神経系や内分泌系へ、
また特に視床下部外側野からは大脳皮質へ
動機づけの信号が送られます。
そうすることで、摂食行動を調節しています。

貯蓄量が多いときにはレプチン濃度は上昇し、
これからお話しするプロセスを経て、
結果的に食欲が抑制されます。
逆に貯蓄量が少ないときには
レプチン濃度が下がり、
これからお話しするプロセスによって、
結果的に空腹感がもたらされ、
食欲増進、摂食促進されます。

まず高レプチン時について説明します。
脂肪細胞からレプチンが放出されると、
レプチンの血中濃度が上昇します。
脳には血液脳関門があり、
有害物質が脳に入らないようにしていますが、
視床下部だけは関門がない部分があるので、
血液および脳脊髄液の体内成分を
検知することができます。
レプチンの血中濃度上昇を検知するのが
第三脳室底部近くにある
弓状核arcuate nucleusのレプチン受容体です。
この受容体が作動することによって、
aMSH(alpha-melanocyte-stimulating hormone)と
CART(cocaine-and amphetamine-regulated transcript)という
摂食抑制機能をもつペプチド神経伝達物質の
脳内レベルが上昇します。
そのことは、視床下部の室傍核を活性化させ、
脳幹と脊髄中間外側灰白質および交感神経系
の活性化をもたらすと同時に、
視床下部外側野から大脳皮質へ放出される
MCH(メラニン凝集ホルモン)とorexin(オレキシン)という
摂食促進ペプチドの放出を抑制して、
摂食抑制・代謝増加を引き起こします。

次に、低レプチン時について説明します。
貯蓄量が減ってくると、
脂肪細胞から放出される
レプチンの血中濃度が下がります。
それは、弓状核のNPY(Neuropeptide Y)/
AgRP(agouti-related peptide)ニューロンで検出されます。
これらは摂食促進ペプチドで、
aMSHとCARTの作用をブロックします。
そして、室傍核で、副交感神経系が活性化します。
同時に、視床下部外側野から大脳皮質へ放出される
MCHとorexinの放出が促進されて、
摂食促進・代謝減少を引き起こします。

以上をまとめますと、
レプチン濃度が上昇したときには、
弓状核のaMSH/CARTニューロンで検知されて、
外側野からのMCHとorexin放出が抑制され、
大脳皮質に伝わることで、
行動として摂食が抑制されます。
また逆に、レプチン濃度が下がったときには、
弓状核のNPY/AgRPニューロンで検知されて、
aMSH/CARTを妨害して、
外側野からのMCHとorexin放出が促進され、
それが大脳皮質に伝わって、
行動として摂食が促進されます。

ここではレプチン濃度の検出機構について取り上げ、
摂食行動の長期的調節についてお話ししました。
次回は、摂食行動の短期的調節について説明します。