認知神経科学17
情動・感情3
扁桃体のはたらき
今回から3回に分けて、
情動の神経科学についてお話しします。
今回は、1回目として、
扁桃体のはたらきについてお話しします。
脳のうち、情動・感情に
大きく関わるとされる部分が
大脳辺縁系limbic systemです。
辺縁系は、脳の中心にある
脳幹や大脳基底核の周辺にあります。
その1つの神経核が扁桃体です。
扁桃体は、左右にそれぞれ1つずつあります。
形がアーモンドですので、
amygdalaという名前がついています。
扁桃体に対しては、
すべての感覚の入力があります。
視覚や聴覚、触覚や味覚については、
視床から直接投射がありますが、
嗅覚は梨状葉などの嗅脳を介しての投射です。
感覚知覚系で説明したように、
感覚知覚は感覚器での刺激受容に始まり、
情報が感覚神経を伝わって、
基本的に視床を中継して、
大脳皮質の感覚野に投射されることで
発生するものです。
さらにそこから高次の感覚野や連合野で
情報処理されることで、
感覚知覚にとどまらず、認知へと、
より複雑な処理がされるようになります。
一般にはそのような処理がされてから
感情が起こると考えられているかもしれません。
つまり相手が誰であるかを
大脳皮質において認知したのちに、
その人を好きなのか嫌いなのかという
感情が発生するという考え方です。
しかし、そうではない事実が
神経科学の研究で明らかになっています。
というのは、視床からは、
大脳皮質への投射ももちろんありますが、
同時に、扁桃体への投射もある
ということが分かっています。
だから、感覚情報は、
視床から大脳皮質へ送られて
それが何であるのかということが認知されますが、
扁桃体へも送られて、
認知と同時に情動を発生させています。
即ち、対象が何であるのかという
意識が起こる以前に、
いわば自動的に、情動は、
扁桃体において生み出されているわけです。
「好きになることに理由はいらない」
という言葉は、まさに事実として
このことによって裏付けられます。
扁桃体の機能を調べる実験に、
サルの扁桃体を切除したものがあります。
動物実験で、サルの扁桃体を
切除して行動がどう変わるか観察しました。
本来、サルはヘビを敵とするのですが、
扁桃体を切除されたサルは、
ヘビに接近し、ヘビをつかむようになります。
(Amaral,2002)
またラットの実験でも同じように
扁桃体を切除すると、
もともと恐怖反応を示した対象に対して
恐怖反応を示さなくなりました。
このように、扁桃体を失うと、
恐怖反応を示さなくなることから、
扁桃体の1つの機能は、
恐怖反応を生み出すことであると考えられています。
恐怖条件づけも、
扁桃体が大きく関与しています。
例えば光という刺激があるときに、
同時に電気ショックを与えられると、
光だけで恐怖反応を示すようになります。
これは以前説明した古典的条件づけです。
光によって、それにともなって存在した
電気ショックを与えられるのではないか、
と予期をするからです。
この脳機構は、扁桃体にあります。
扁桃体の外側扁桃核には、
光の情報と電気ショックの情報の両方がきます。
外側扁桃核からは扁桃体中心核に出力され、
そしてそれは中脳の中心灰白質へ出力され、
体がフリーズ状態に陥ります。
これが情報表出です。
しかしこの2つの刺激が
同時に存在するという経験を
何度も繰り返すことによって
光の刺激があるだけで
この神経経路が働くようになり、
恐怖条件づけが完成されるとされます。
この条件づけは無意識に行われます。
だからこそ、消去するのが難しいものです。
恐怖反応というのは、
一般にはいらないもの、
ないほうがいいものと思われています。
しかし恐怖反応がなければ、
敵であり避けねばならないヘビに
接近していってしまいます。
すると生存が危うくなります。
恐怖反応があることによって
恐怖の対象を避けることができます。
恐怖の対象は、基本的に、
自分の存在を脅かす存在ですので、
そういうものは避けたほうが
自分の生存には有利です。
だからこそ恐怖は、生存に不可欠な情動です。
その情動は意識的に起こるものではなく、
無意識に、自動的に起こります。
だから、幽霊だから怖いというよりは、
怖かった、それは幽霊だったという順番です。
「幽霊だ」と分かるのは認知であり、
認知というのは意識過程です。
それと同時にされる情動の処理は無意識過程であり、
幽霊であると分かる神経経路と
独立して存在する神経経路=扁桃体においてされます。
もちろん、その処理は、
あとになって認知=意識に影響を与え、
また認知が情動に影響を与えますので、
結局は相互作用的に、
認知と情動は影響しあっていることになります。
ただサブリミナル効果として知られるように、
意識されない、つまり皮質が反応しないとしても、
扁桃体は反応しているという場合があります。
これはものすごく短時間に、
怒り顔を呈示する実験です。
本人は意識できていないので、
気付いていないのですが、
扁桃体には反応が見られるという結果でした。
自分が気づかなくても、脳は反応しているのです。
このように扁桃体での処理は、
無意識のうちに、自動的に、
感覚情報の入力に応じてなされます。
それは生物として生存するために
組み込まれた辺縁系の一部であり、
辺縁系は哺乳類に共通の脳です。
ヒトも動物であり、
生存するためにできているという点で
他の動物と共通していることが分かります。
次回は、脳内報酬系についてお話しします。