認知神経科学15
学習5
慣れと鋭敏化の神経機構
今回は、慣れと鋭敏化の神経機構
について説明します。
学習の生理学的研究は、
動物の脳で行う破壊実験、
学習時の脳波測定に始まりました。
そのときには、まず、無脊椎動物など
単純な動物が選ばれてきました。
例えば、アメフラシ、もしくはウミウシは
ノーベル生理学賞を受賞したカンデル博士が
実験で使った軟体動物です。
こういった無脊椎動物は、
1000個ほどの神経ネットワークしか持たず、
回路が同定できるうえに、
少ない行動レパートリーしか持たないので、
研究を行いやすい動物です。
ただ、同じ仕組みが高等動物で見られるか
というと必ずしもそうではないので注意が必要です。
慣れも鋭敏化もともに非連合学習に属します。
それは、刺激を反復呈示することで
反射行動の強度や頻度が変化する学習です。
慣れもしくは馴化は、
同じ刺激を繰り返し呈示することで
反射強度が弱まっていく現象、
鋭敏化は、同じ刺激を繰り返し呈示することで
反射強度が増えていく現象です。
アメフラシは、動物分類学上、貝の仲間で、
全身で2万個のニューロンを持ちます。
その神経回路はすべて解明されています。
アメフラシは、
水管をつつかれると、エラを引き込めます。
これは感覚神経が
運動神経を興奮させた結果起こる、
エラ引き込め反射gill withdrawal reflexです。
しかし、水管をつつき続けると、
次第にエラは引き込まなくなります。
これが、慣れhabituationです。
この神経機構は極めて単純です。
感覚神経から運動神経へのシナプスにおいて、
神経伝達物質として使用されるのがGluです。
このGluが運動神経の受容体に結合すると、
運動神経が興奮して、
運動指令が筋肉に伝わります。
Gluはシナプス前、即ち感覚神経末端で、
Ca2+が流入することで分泌されます。
Ca2+は細胞外に多く存在しますので、
Ca2+チャネルを通って細胞内に入ります。
しかし、刺激を続けると、
次第にCa2+チャネルが開かなくなり、
そのことによってCa2+の細胞内濃度が下がります。
するとGluの分泌が減少するので、
運動神経が興奮しなくなります。
このようにして慣れが起こります。
一方、鋭敏化の神経機構は少しだけ
関わる神経が増えます。
アメフラシの尾部に強い刺激を与えると、
エラ引き込め反射が増強されます。
これが鋭敏化sensitizationです。
そのとき、まず尾部に刺激を与えると、
促進性の介在神経L29を興奮させます。
このニューロンは、セロトニン受容体をもつ
感覚神経の軸索終末にシナプス結合をしており、
そこに対して、セロトニン5-HTを放出します。
すると、感覚神経軸索終末で
Gタンパク質が活性化され、
アデニル酸シクラーゼの作用で
cAMPの濃度が上がり、
タンパク質リン酸化酵素の活性化で
膜のK+チャネルがリン酸化されます。
すると、閉鎖チャネルが増えるので、
Na+流入による電位上昇が下がらなくなります。
したがって、感覚神経終末への
Ca2+の流入が続くことになるので、
それは当然、グルタミン酸の放出、
および運動神経の興奮を意味するので、
結果的に、エラ引き込め反射が増強されるわけです。
これが鋭敏化の神経機構の概要です。
今回は、慣れと鋭敏化の神経機構について
アメフラシを例にお話ししました。
次回は、古典的条件づけと
オペラント条件づけの神経機構についてです。