認知神経科学3
神経科学の研究方法2
非侵襲的方法

このブログのテーマは、
認知神経科学の基礎について学ぶことです。
認知神経科学は、心的機能の神経基盤、
即ち、生物学的基盤を解明する学問であり、
20世紀後半に
認知心理学と脳機能測定技術が出会って誕生した
ホットで新しい科学の研究領域です。
この脳機能測定技術の中心こそが、
今回お話しする非侵襲的方法です。

非侵襲的方法の基本は脳波です。
脳波は、1929年にベルガーが
脳波測定をしたことにはじまります。
ニューロンが電気信号を発することで
頭皮上に微弱な電場が形成されます。
頭皮から最も離れた耳介を基準点として、
そこと頭皮上の各場所との電位差を測定し、
その電場の時間的変化を測定したものが脳波=EEGです。
その脳波の振幅は、
電極下にあるニューロンの活動の
同期性の程度を表しています。
即ち、より同期していれば振幅は大きくなります。
したがって、発火のタイミングが異なれば、
例え同じ数の細胞が同じだけ興奮していても、
脳波は変わるということになります。

脳波は、基本律動という
周期的な電位変化を示すのですが、
それは、それぞれ、
周波数に応じて名前がつけられています。
δ波=0~3Hz、θ波=4~7Hz、
α波=8~13Hz、β波=14~30Hz、それ以上がγ波です。
δやγが検出されると
通常何かがおかしいと疑われます。
α波は、リラックスしているときに出る脳波です。

他にも、脳波がもつ特徴として、
外因性の電位変化である
誘発電位Ep(evoked potential)と
内因性の電位変化である
事象関連電位ERP(event-related potential)
というものがあります。
誘発電位は、外から何か刺激を与えたときにでる電位変化で、
例えば、聴性脳幹反応は脳死判定に使用されます。
目覚まし時計もの音も、まず脳幹を反応させます。
それを測定したのが誘発電位の聴性脳幹反応です。
事象関連電位は、例えば思考など
内的な精神活動をしているときに出る脳波です。
P300は意思決定に関わる電位です。
P300を拾うことで、
BMIに応用することもされています。

脳波によく似た印象を受ける測定法に、
脳磁図magnetoencephalography:MEGがあります。
脳波で測定するのは電場の時間的変化ですが、
電場があるところには、フレミングの法則に従って、
磁場が発生していることになります。
しかし、地磁場に比べれば
それは非常に微細な磁場変化ですので、
この地球上で普通にその変化を測定するのは困難です。
そこで開発されたのが、
SQUID超伝導量子干渉計です。
磁場シールドであるMSRに入って、
SQUIDを使うことによって測定が可能になりました。
その特徴は、脳波を別の形で測定するということと、
脳波よりも空間分布が同定しやすいことです。
したがって、先に分布を特定し、そこに焦点を当てて、
脳波測定を行うという段取りが考えられるわけです。

これら、脳波や脳磁図は、
ニューロンの電気活動を直接反映した結果です。
それらに対して、ニューロン活動以外の活動から、
ニューロン活動を推定するという方法があります。
それが、現在主要な研究方法として使われるMRIです。

MRI=magnetic resonance imagingは、
物質の化学構造を解析する方法であり、
脳研究がそれを応用しているということになります。
まず、1.5T~7Tという強い磁場をあて、
粒子の原子核スピンの向きをそろえます。
そして10~60MHzのラジオ波をかけ、歳差運動を起こさせます。
ラジオ波をやめると歳差運動がもとに戻ります。
これを繰り返して、もとに戻る速さで画像化を行います。
画像には、T1強調画像とT2強調画像があります。
T1強調で、低信号で黒くなる部分が水、
高信号で白くなる部分が脂肪や造影剤です。
T2強調で、低信号で黒くなる部分がヘモグロビン、
高信号で白くなる部分が水や関節液です。
例えば、出血部位を見たい場合、T2でやれば、
黒いところがそうであるということを意味します。
これがMRIの基本なのですが、
これをfunctionalにしたのが、fMRIです。

fMRIは、現在最も進んだ脳機能測定技術です。
これは、脳活動に伴う
血流動態反応を視覚化する測定法です。
血液に関しては、
以前循環器系の話のときに説明しました。
血液のうち、血球成分の赤血球は、
ヘモグロビンを多く持ち、酸素を運搬する機能を持ちます。
ヘモグロビンには、2種類があります。
心臓の右心室から出た肺動脈は、
肺の肺胞の毛細血管でガス交換されますが、
そのとき、ヘモグロビンは、酸化して、
オキシヘモグロビン=酸化ヘモグロビンとなります。
また、体循環によって運ばれたオキシヘモグロビンは、
組織で代謝活動として使用され、よって酸素が離れ、
デオキシヘモグロビン=還元ヘモグロビンとなります。
この組織の1つが脳の神経組織になるわけです。
したがって、酸化ヘモグロビンと
還元ヘモグロビンの比率を測定すれば、
脳活動を推定することができるということです。
その時取り出される信号をBOLD信号と言います。
fMRIは、空間解像度が良いことが特徴です。

他にも、いくつか測定方法がありますので、
簡単に述べておきます。

PET(陽電子放出断層撮影)は、
特殊な放射性同位体を注射して、
その同位体の体内における時間的空間的変化を
放射線、ガンマ線として測定する方法です。

NIRS(近赤外線分光法)は、
700nm~900nmの近赤外線を頭皮上から照射し、
脳組織内で乱反射した光成分を検出する方法です。

このように、非侵襲的方法には、
さまざまなものがあります。
これらはすべて、生体を傷つけることなく、
つまり外科的処置をすることなく測定できるので、
健常者に対して行うことができます。

それぞれの方法には、長所と短所があります。
空間分解能が良いfMRI、時間分解能が良い脳波・脳磁図、
動きに強いPETというように、長所を生かすとともに、
非常にコストがかかるfMRI、回数が非常にかかる脳波、
放射線被ばくをしてしまうPETといった短所を補う
ということが必要になります。
脳機能を解明するためには、
これらの非侵襲的方法と、
動物実験や神経心理学からなる侵襲的方法も織り交ぜて、
通常、複数の方法で測定を行います。

前回と今回は2回に分けて、
脳機能をどのように解明するのか、
神経科学の研究方法についてお話ししました。
だいたいどのようなことをして研究をするのか、
イメージができたのではないでしょうか。

それでは次回からは、
これらの研究方法により解明された
脳の構造と機能について、
現在分かっていることについて詳しくお話しします。