脳神経科学10
感覚知覚系3
聴覚

今日は、内耳蝸牛の構造と機能についてお話しします。

聴覚系は、外耳、中耳、内耳に分けられます。
空気中を縦波として伝わってきた空気の振動は、
鼓膜を振動させ、中耳の耳小骨で骨の振動となります。
そして、耳小骨の最後の骨であるアブミ骨が
内耳の蝸牛と接続されています。
今日は、内耳がどういう構造をしているのか、
内耳に入った振動はどのようにして神経信号に変換されるのか、
ということについて説明します。

内耳は、蝸牛と三半規管及び耳石器官から構成されます。
蝸牛が聴覚系に、
三半規管と耳石器官が平衡感覚系に属します。

蝸牛は、かたつむりのような形をしています。
今、分かりやすいように、かたつむりを伸ばしたと想定します。

蝸牛は、3つの部屋から構成されています。
上から順番に、前庭階、中央階、鼓室階と言います。
また、前庭階と中央階を隔てる膜を、ライスネル膜、
中央階と鼓室階を隔てる膜を、基底膜と呼びます。
中央階の壁には血管条という組織があり、
基底膜の上にはコルチ器があります。
また、中央階の入口は卵円窓と言い、
鼓室階からの出口は正円窓と言います。

アブミ骨の振動は、ピストン運動として卵円窓の膜を揺らし、
前庭階を奥へと伝わっていきます。
蝸牛の一番奥、蝸牛頂まで伝わると、
前庭階から鼓室階への通路である蝸牛孔を通って
振動は、鼓室階へと伝わり、
今度はアブミ骨側へと振動が戻ってきて、
鼓室階の出口である正円窓から出て行きます。

このように、振動は、
内耳の奥まで入って、戻ってきて、内耳から出て行きます。
その過程で、振動に含まれる音の情報を
受容細胞で受容し、神経信号に変換することになります。

蝸牛内に振動が伝わってくると、基底膜が揺れます。
その揺れは、進行波という振動です。
ちなみに、空気中の振動伝播は疎密波です。
これは進行方向に対して平行に振動するタテ波です。
それに対して、基底膜の進行波というのは、
進行方向に対して垂直に振動するヨコ波です。

基底膜の上には、コルチ器という組織があります。
これは、蝸牛の入口から奥に向かってずらっと整列しています。
ではコルチ器の中を見てみましょう。

コルチ器の中には、内有毛細胞と外有毛細胞があります。
内有毛細胞が、蝸牛軸側に1つあるのに対して、
外有毛細胞は、外側に3つあります。
このセットが基底膜上に、
蝸牛頂へ向かって、ずらりと整列しています。
そして、この有毛細胞こそが聴覚受容器です。

では、どのようにして
振動を聴覚系はとらえているのでしょうか。
第一に重要なのは、基底膜の振動です。

基底膜は、入口にいくほど狭く固く、
奥にいくほど広く柔らかい性質をしています。
そのことから想像がつくと思いますが、
基底膜は、入口ほど高い周波数に応答し、
奥にいくほど低い周波数に応答します。
基底膜の上にコルチ器があり、
その中に聴覚受容器である有毛細胞があるわけですから、
基底膜の揺れに従って、コルチ器も揺れ、
有毛細胞も上下に揺れます。

実は、内有毛細胞の先端には不動毛という毛があり、
そこには特殊な陽イオンチャネルがあります。
内有毛細胞の先端は、中央階の中の液体に接しています。

前述したように、
蝸牛は、前庭階と中央階、鼓室階からなります。
それぞれの階は、リンパ液で満たされていますが、
前庭階と鼓室階は外リンパ、中央階が内リンパというように
それぞれのリンパ液には、組成の違いがあります。
外リンパは、低カリウム高ナトリウム、
内リンパは、高カリウム低ナトリウムというイオン組成です。
なぜこのような違いが生じるのでしょうか。
これは、中央階の壁にある血管条の働きによるものです。
血管条はナトリウムを吸収し、カリウムを分泌します。
したがって、中央階ではカリウム濃度が高くなっているのです。

内有毛細胞の先端にある不動毛にはチャネルがあると言いました。
中央階に高濃度に存在するカリウムイオンは、
その特殊な陽イオンチャネルが開くことで
有毛細胞内へ流入するしくみになっています。
そして、重要なのは、
カリウムイオンの細胞内への流入は、
基底膜がある位置にあるときにしか起こらない、
即ち、基底膜の特定の位相に従ってチャネルが開口することです。

実は、この陽イオンチャネルは、
基底膜が鼓室階側へ揺れているときのみ開き、
細胞内へカリウムイオンを流入させます。
これはどういうことを意味するのでしょうか。

基底膜が下に揺れているときというのは、
波形で言えば、振幅がプラスにふれている、
つまり空気圧が密の状態であるときに対応します。
それは、疎の状態、即ち、マイナスの位相にあるときには、
イオンの流入は起こらないということを意味します。

イオンが流入すれば、有毛細胞は脱分極し、
結果的に、活動電位を発生させ、聴神経が発火します。
このように、基底膜がある位相にあるときしか
発火しないという仕組みを位相固定phase lockingと言い、
神経は、それによって周波数を表現しています。
位相固定は、発火頻度分布とも言いますが、
つまり、神経が発火する頻度が特定の位置に偏っているわけです。

位相固定は、音の周期性によって変化します。
低い周波数だとより長い時間プラスにふれていますが、
高い周波数だとプラスにふれている時間はより短くなります。
即ち、低い周波数の場合、
一度にイオンチャネルが開口する時間が長くなり、
逆に、高い周波数の場合、
一度にイオンチャネルが開口する時間が短くなります。
そういうことによって、神経では音の高さを表現しています。

内有毛細胞は、基底膜上に整列しています。
なので、それぞれの場所からこのような神経が出ています。
そして、それらのすべてを総合したかたちで脳へ信号を伝えます。

基底膜上には、
それぞれの場所で特定の周波数に応答する性質があります。
実際に存在する音の多くは複合音ですので、
基底膜上の複数の場所がさまざまに振動するわけです。
どういう周波数成分をどれだけ含むか
ということによって、音の性質は変わります。
つまり、基底膜上では一種のフーリエ分析を行い、
それによって、脳で音色の違いとして知覚を行います。

最後に変換機序と外有毛細胞について述べておきます。

聴神経は、95%は内有毛細胞と接続されていますが、
残りの5%は、外有毛細胞と接続されています。
昔の教科書では、
外有毛細胞は聴覚には関係ないと書いてあるようです。
しかし、今現在それは間違いであって、
外有毛細胞は、聴覚と密接に関係していることが分かってます。

外有毛細胞は、能動的に振動を増幅させ、
小さな音でも聴こえるように働いています。

また、長時間ヘッドフォンなどで大音量にさらすと、
外有毛細胞の毛が抜けて、聴力低下が起こり、
一度抜けた毛は、もう再生できないことも分かっています。
楽器をやっている人で一番まずいのはヴァイオリン奏者です。
アメリカでは左耳に耳栓をして演奏するように
指導しているようですが、日本ではまだ見かけません。
ヴァイオリン奏者は、
非常に顕著な聴力低下が起こるとされています。

今日は、内耳蝸牛における神経信号への変換の仕組み
について説明をしました。
ポイントは、基底膜の場所的情報とともに、
聴神経発火の位相固定性という時間的情報も重要だということです。
かつて、場所説と時間説で争われていましたが、
現在では、両方大事であろうということになっています。

明日は、内耳から先、
脳における音の知覚に関して、
最近の研究とあわせてお話しします。