脳神経科学8
感覚知覚系3
味覚

今日は味覚の意味と味覚認知記憶についてお話しします。

味覚は何のためにあるのでしょうか。
食事を楽しむためにあるというのも1つでしょう。
しかしそれ以上に、味覚には、根本的な意味があります。
その意味とは、摂食による生命維持です。
そのことと味覚の記憶を関連づけてお話しします。

味覚には、甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の基本味があり、
それぞれ異なる化学物質によってもたらされます。
またこれら5種類は異なる機序によって、
刺激受容から味神経の信号へと変換されます。
そして、その神経信号は、延髄と視床を中継し、
脳の味覚野や島皮質で認知されると同時に、
扁桃体の働きによって味に関する情動が生じます。
こういうことについて昨日まで説明しました。

甘味は糖によってもたらされます。
ここでいう糖とは、砂糖にかぎらず、
化学上の糖の分子構造を持っている物質のことです。
糖は、エネルギー源として必要な物質です。
特に、ATP産生にとって重要な役割を果たします。
塩味は、Na+によってもたらされます。
Na+は、神経信号が伝導するために絶対必要なものです。
また、苦味は、本来食べてはいけないものを知らせるものです。
しかし、後天的に苦味をおいしさとして感じるようにもなります。
例えばコーヒーをおいしいと感じる人も多いわけです。

味覚はこのようにそれが食べれるものなのかどうか、
食べたいものなのかどうかを判断するためのものと言えます。

糖分や塩分が不足するとよくないわけですから、
それらを食べたいと思わせるし、
そのとき、食べるとおいしいと感じます。
逆に、甘すぎたり塩辛すぎたりすると、
過剰摂取ですので、気持ち悪くなります。
また、そのものが自分にとって良いものなのか悪いものなのか、
その判断もしないといけません。
以前食べて体調不良になった経験と
その体調不良を引き起こした食べ物を
脳のどこかで記憶していないといけないわけです。

味覚にはネオフォビア(新奇恐怖)という性質があります。
これは、基本的に今まで味わったことのあるもの以外は
食べたくないと思うことを言います。
だから、慣れているものはたくさん食べれますが、
あまり食べたことのない新しい味のものが出ると、
摂食量は相対的に減少します。
そのときに、体調不良を起こしてしまうとその食物を拒否します。
逆に、体調不良が起こらないと摂食量は増加していき、
それは好きな味として記憶されます。

このことはネズミを使った実験からも証明されています。
安全なものは好きな味となり、
体調不良を起こすものは嫌いな味となる、
このような理論をlearned-sefty理論と言います。

ではこのような味覚嗜好と嫌悪はどのような神経機構、
どのような働きによってもたらされ、
また味覚の記憶痕跡はどこに存在するのでしょうか。

新しい味覚刺激(CS)は延髄孤束核を中継し、
PBN(結合腕傍核)からNBMという
基底核大細胞部へ投射されます。
このニューロンには繰り返し感受性という性質があります。
繰り返し感受性とは、初めての刺激提示で最も強く反応し、
その後の提示以降は反応が減ずる性質を言います。
つまり一回の刺激で十分なわけです。

NBMからAchが分泌され、
それが島皮質insulaの受容体に結合することで、
島皮質でCREBによってタンパク質が合成されます。
そういうことによって、安全味覚記憶痕跡となります。
つまり安全味覚痕跡は、島皮質にあるわけです。

しかし、食べたと同時に身体不調(US)があると、
これは嫌悪刺激となり、先の理論によれば嫌悪味となります。
この情報は、迷走神経で孤束核、PBNを介して、
辺縁系の扁桃体へ送られます。
辺縁系からGluが放出され、
それによって、島皮質のNMDA受容体で
リン酸化を促進されます。
このNMDA受容体も繰り返し感受性の性質を持ち、
先ほどのCREBによって合成されたタンパク質の情報、
即ち、安全味覚記憶を書き換えてしまって、
嫌悪味覚記憶痕跡となるとされています。

このように、古典的条件づけによって、
その味が好きなのか嫌いなのかが判断されるわけです。
またその記憶に基づいて、食べないほうがいいのか判断し、
自分の体を守るということです。
それが味覚の根本的な役割であると言えます。

今日まで味覚についてお話ししてきました。
明日からは嗅覚について簡単に説明していきます。