【小説】ひまわりの畑から1 | 箱庭の空

箱庭の空

小さな世界。

 世に政略結婚の話ばかりなのは、皆、それが良いからではないと思うのだが、どうしたわけか、この自分にもそういう薦めは無いではない。

 一人で祈っている方が静かで好ましいと思っても、自ら剣を取るよう強いられ……むしろそれを望んで火の中へ入る。それと同じかもしれない。


 けれども今は、隣にこの子が、いや、妻がいる。ベッドに腰掛け、本を渡して読むのを見守りながら、手を握っていたら眠ってしまった。


「いつ、起きるかな」


 目覚めた時に自分の姿がないと、焦ってしまうかもしれない。一度はそれで大騒ぎになっている。屋敷中を泣き顔で歩き回って。

 ここは彼女にとって異世界というものなのだ。

 その聞き慣れない語を思い出しながら、そっと、おでこにかかった前髪を撫でる。つやのある綺麗な黒髪で、整えに連れていった理髪店が切り甲斐があると喜んでいた。とても長かった。


 この娘は、ひまわり畑から出てきた。嘘でも誇張でも冗談でも、比喩でもなく。

 食用油を取るのでひまわりが植えてある一角が、領内にある。夏の終わり頃にそこを視察に行った時のことだ。

 暑さの中で、枯れかかってきていたが、まだ幾つもの花が咲いている。大輪の花。種が沢山収穫できそうだ。


—うわぁーん。


 人の泣き声を聞いた気がした。それも、幼い。空耳とも思える程の小ささだったので、黄色い花を見ながら先に進もうとした。平和で大事件が起こらないのが、この周辺の良さだ。

 ところが、その泣き声とぐすぐす鼻をすする音は段々大きくなり、しまいには、


「待って。行かないでください」


と言って、三尺程離れた後ろから、人影が飛び出してきた。声同様に小さい、その影は最初俯いていた。

 しかし、通り過ぎて行こうとしている彼の足が目に入ったか、すっと顔を上げて、


「助けて」


とはっきり言った。涙などでぐしゃぐしゃのしか目面だが、妖怪ではなさそうだ。


 彼は戸惑った。正直に、独身なので扱いが分からない。それにあやしいではないか……

 悩んだ末、結局、戻って彼女に


「どうされたのですか」


と、声を掛け、ついてくるように促し歩いていった。

 行き先は教会。その間に、色々と質問したが、ほとんど答えられないで、黙っているか聞いたこともない単語が出てくるだけなのだ。だが、結局、司祭の事情聴取でも無駄で、許可を得て、身元を引き受けることになった。


 周囲には、婚約者と紹介してある。見合いを断る口実にもなるから一石二鳥だ。


「うーん……」


 薄ぼんやりと目を開けて、彼女は辺りを見回した。そして、自分の頭が彼の膝の上にあることに気付いて慌てだす。


「あ、ご、ごめんなさい」


 言葉に体がついていかない様子。相当焦りながらも、ただもぞもぞとしている。


「落ち着いて」


 ようやく周辺状況と繋がったか、彼女はゆっくりと身を起こし、少し離れる。


「何で。ごめんなさい。いつの間にか眠ってしまっていました」


 髪の毛はやや乱れている。彼は可愛らしい寝顔だったと言ってやろうとしたが、やめた。


「夕食は何にしようか」


 頬を赤らめて、隠すように読書に戻った彼女にそう尋ねる。


「夕食……夕食?」


 声かけをしても困った表情をするだけだ。この娘は食事を取ることを忘れがちなところがある。


「あ、そう……ですね」


 何も言わないで、待ってやる。だが、そのままだと彼女は立ってどこかに行きそうだ。


「貴方が決めていいんだよ」


 言葉を重ねた。

 しばらく、困った表情のまま首を傾げ、眉間を細めていたが、何も答えないでいることができないと分かったのか、


「ハンバーグ……かな」


と小声で言った。