現在、日本三周目「路上ライブに1000人集まらないと次の県に行けない日本一周」ex東京、神奈川
11/1~11/10 日本一周 124日目~133日目
色々と前進するため第二ラウンドとして戻ってきた東京、神奈川。
やろうと思っていた、7本柱くらいのうちの一つであったCD制作。
なかなか上手いこと進まずに、もう出発二週間前じゃんという所まで差し掛かった。
どうしても11/15に出たい理由が有った為、かなり焦った。
きちんとCDを作るに辺り、いい感じでトラックメイクをお願い出来る仲間が周りにいない現状。
レーベルも辞め、日本一周ばかりしてるもんだから、「周りを見渡せば音楽に精通している仲間がいくらでもいるよ!」なんていう格好いい状況は東京、神奈川で作ってきていないからだ。
その為、どうしようかマジで焦った。
でも頼れるのはやっぱり仲間しかいないと言う事で、繋いでくれそうな仲間に必死こいて色々連絡したり、ともかく出来る手を使い果たした。
いつまでたっても地に足這いつくばらなきゃならない場所にいて、いつになったらこんな状況から脱却できるんだって、相変わらずドブネズミみたいな自分。
だけど、ドブネズミは美しいらしい。笑
ということで、
その結果…
最高の仲間ができたり、かえって誰に頼もうと言うくらいトラックメイカー、エンジニア始め、沢山の仲間ができた。
そして、本当にスケジュールがパンパンで自分でももうヤバイと思ったけど、日がない中で制作に動いてもらった。
そしてやっぱり、「0からでも熱意を持って行動すれば何でも出来る」を再確認できたし、させてもらった。
そこには仲間があったからで、仲間の大切さをマジマジと感じ、感謝感謝だった。
でも最高の仲間を作ることがゴールではなかった。
その為そこから怒涛の10日間が始まった。
10日程の日数の中で編曲~完パケまでという状況だった。
そんな中で、一週間程で最高の編曲の元、オケを作ってもらった。
翌日そのオケで一日必死で練習した。(とは言ってもオケに合わせて練習したのは一日だったけど、盛岡の路上で60日間歌いまくり曲自体の練習はしていました!)
そして、その翌日がレコーディングだった。
レコーディングが終わってからは、デザインなども時間がない中で、うまいこと進めてくれていたので、浜松での活動に間に合うように急いでプレスにだせ、無事浜松にCDが送られてくるという手配が完了した。
そんな感じで、本当に怒涛の10日間だった。
テンパりまくり、焦りまくりの日々で、肝心の浜松に関しては何の準備も調査もできていないけど、ようやく浜松にいけるので、楽しみです。
CDは、完全自主制作だけど想いを込めて作ったので是非聞いてください。
→http://youtu.be/-j-k8QokVcE
今回のCDは完全に一人で作った盛岡で販売していたあの酷いCDを、
盛岡で沢山買ってもらえ、出来た予算で作れました。
「0からでも熱意を持って行動すれば何でも出来る」なんて一人で言いあがいてても、
どうしようもないってのはわかってるし、
むしろ自分の場合はCDが売れないと生きて行けないし、
次の展開にも進めないから、誰かがいないと成り立たないわけで、
今回もこうやって作り直せたり、
今僕が生きれているのは(飯を食うという意味で)、
盛岡で応援してくれた一人一人の力があったからだと思います。
だからすごく感謝だし、
なんだかんだ、この曲も完全自主制作なんだけど、
盛岡の方々には盛岡で買ってもらった気持ちだけで作った酷いCDと、
今回できたこの曲を、前と今とで聴き比べて、