『鎌倉殿の13人』~後追いコラム その13
第4話 矢のゆくえ
八重の放った矢について
山木館への襲撃の日が占いによって決まったが、果たして兼隆は館にいるのか?三島社の祭礼に出かけていたら空振りとなる。頼朝たちも侃侃諤諤の議論となる。その時、頼朝の前妻八重(ガッキー)が嫁ぎ先江間次郎館近くの河原から川向こうの北条館に向かって放った白い布をつけた遠矢。その矢によって頼朝たちは兼隆が館にいることを確信する。
劇中では江間の館と狩野川を挟んだ対岸に北条館がある。現在の地図を確認すると、河原から北条館までは百数十メートル。
果たして、坂東武者の娘と言ってもそんな遠矢を放てるものだろうか。しかも、合図の白い布を付けた矢。風の抵抗を相当受ける。さらに、当時の北条館は河原ではなく小高い丘の上にあったはず。河原から上の目標に向かって遠矢を放つ。八重は相当強い弓をひく豪傑だったのか?劇中ではその遠矢はCGを駆使して見事に北条館に届くのだが・・・。
ここで当時の弓矢について。
当時の弓は、その強さによって、『何人張り』というような言い方があった。
3人張りといえば、3人がかりで弦を張る。それに矢をつがえて、さらに後ろに引いて、矢を射る。剛弓で有名な鎮西八郎源為朝(頼朝の叔父)は、5人張りと言われている。
5人がかりで弦を張った弓を一人で引いて射るのである。為朝の身長は二メートル越え、左腕は右腕よりも十センチ以上長く、一矢で二人を射抜いたという嘘みたいな話も伝わる。
為朝は、伝説も含めて別格だとして、射られた矢はどれくらい飛ぶのだろう。ガチガチ文系の私には、科学的に物理的に証明するのは不可能。ネットに頼って調べてみた。
すると何と、飛ばすことだけを目的として水平ではなく、放物線を描くように射れば、約400m飛ぶそうだ。相手を殺傷できる有効射程は100数十mだそうだ。八重の矢が誰にも当たらなくて良かったということだ。
理屈の上では、八重の放った矢は十分に北条館に届く。問題は矢につけられた合図の白い布。これはデータもなく、何とも言えない。
ただ、ムキムキの超人ハルクでなくとも、あのか弱いガッキーでも距離的には可能だということはわかった。