主観的認識による不確実性への対処 | 便利でおトクなネットオフ

主観的認識による不確実性への対処

 『始めよう。瞑想』 宝彩有菜
  ⇒ http://www.ebookoff.co.jp/detail/0010499544
 『天才の読み方-究極の元気術-』 齋藤孝
  ⇒ http://www.ebookoff.co.jp/detail/0001327403

主観的認識とは、その個人の感覚器官で見たもの聞いたものなど、知覚を意味づけする過程を意味し、ある瞬間では一意の解釈しか持ち得ないことは自明といえる。
したがって、脳が混乱をきたしたとき、意味づけ過程後の言動というアウトプットもまた混乱の状態に陥る可能性が高い。


我々のアウトプットを規定するものは、インプットである知覚と変換関数である認識に限定される。
しかし、知覚をコントロールすることは極めて難しい。
特にネガティブな知覚は不意にやってくるし、身近な他人からの影響を恒常的に避けることは不可能に近い。


すると、唯一手をつけられるのが認識なのであるが、前述のように、そのネガティブな瞬間に行動しても手遅れだ。


ならば、前段での変換関数の矯正が必要になってくるのだが、その矯正技術のひとつが『瞑想』というわけだ。
なにやら怪しげな響きの言葉であるが、要するに脳を常に整理、準備された状態に維持するためのデフラグといえばイメージが沸きやすいだろうか。


技術的な話は本書に譲るとして、“完全準備”を旨とするイチローの如く、毎試合バットを天日干しにし、凡退時にも一定のリズムを刻んで走り、使用後のグローブを丁寧に磨く。
そのルーティンが、バッターボックスでいかなる球種でもバットに当てられる変換関数を創り上げているのだ。
ということで、『瞑想』という質の高い手ごろなルーティンで、凝り固まった主観的認識をほぐしてみてはいかがかな。

                             (おわり)