『赤い〜夕陽が〜

  校舎を染めて〜〜♪』



そんな青春時代の象徴『高校三年生』



今から27年前

1995年、高校を卒業した。



正直、高校の頃の記憶は

部活(柔道部)がほとんどで

学校生活での記憶が残っておらず

同窓会にも一度も出た事が無い😀


不遇な学生時代を過ごしたのか?

と言うとそこまででは無いけど😁



「子供扱いしやがって💢」

と言う気持ちと

「大人の社会に出たくない⤵」

との気持ちが入り交じる


そんな中で卒業を控える時期になると

進路の選択と言うのが

三年生には突きつけられる




将来、なりたいもの

将来、就きたい職業


そんなものを慌てて見つけ出す




「夢」❓




夢が無い人間は駄目人間なのか?!


夢に向かって努力するのが偉いのか💢


俺の夢って、ナンダ??



進路の方向性を決めて行く

周りの連中を見ながら

何も決めきらない自分に

苛立ちと焦りを募らせる。



選択肢の一つ「大学進学」



大学には行きたく無かった😀


ウチは経済的には困窮してないし

オヤは大学へ行けと言う。


でも、大学には行きたく無かった😀



理由は

大した学力も無いので

行けたとしても

ロクな大学にしか行けない



我が家は優秀一家


親父も

8歳と6歳離れた二人の兄貴も

みな国立大学卒


特に親父は終戦復興期の中で

就職目的で工業高校に入ったけど

学業優秀であったので進学転換し

苦学して一浪の末に


九州では誰もがひれ伏す

一番の大学の工学部へ進んだ傑物



そんな環境の中で俺がどこに行こうが

鼻で笑われるのは目に見えている。


そんな惨めな想いはしたくない…




幼少の頃から器用で

皆から愛される末っ子三男坊


クラスでもお調子者で人気者

勝ち組街道まっしぐら


中学生になって異変に気付いた



試験の成績が数値化されると


「あれ?俺って落ちこぼれなの…??」


漠然と慢心していた自分には

事実を突きつけられた衝撃は

自信を喪失させるのに容易かった…




自分が幸いだったのは

中1の終わりに親父の転勤で

家を建ててた岐阜県から

大阪府に引っ越す事となった。


田舎の高校ってシビアなもので

学校数が少ないので

通ってる高校の名前だけで

その人の値踏みがされる様なもの


幸いにして別の地域の高校であれば

良い学校なのか悪い学校なのか


よく分かんねー(笑)




そんなこんなで

特に努力するでもなく

なんとなくの要領の良さで

それなりにそれなりに生きてきた😀



そのメッキが剥がされる


「大学進学」


イヤだった








将来の夢?

何になりたい?




寅さんになりたい!




日本全国を巡って


人の温もりを感じながら


愛の溢れる人生を送りたい



「しがない渡世人ではありますが

 皆々様のお心を受けまして

 恥ずかしながら細々と暮らし……」



あー


うん、冗談ですよ

そんなに怒らないでお父さん、


はい、受験に向けて

頑張りマッスル(・д・)チッ




という事で

進路の方向性は進学と言う事で………




(*´﹃`*)y-.。o○