子どもの頃から、おのれの苗字がきらいで、きらいというか、発音のしかたにいささか自信をもちづらい音があって、同じ音が連続して、それも歯やら舌やらのオブジェクトにあたらない、はっきりしない具合の音が続く。
そこ、いっそ傍線の「―」でいいやんと思っていたけれど、日本語はそういうの(そーゆーの)許されないってなもんで、いいづらいけど、2回連続でがんばって音を切ってくちにだすべきなのか、あるいは、音だけは「―」の音でいいのか、どっちだろう、と名前を発音するたびに困ってた。(でもよく考えたら親に訊けばよかった)

 

そのいいづらパートは冒頭からはじまっちゃうから、尋ねられて口にだすたび、うっ、いいづら…!という気持ちを一旦のみくださねばならない。ゆえに、物心ついたころには、おのれの名前=言いだすのが億劫、そういう印象にいつのまにかなってしまった。

で、ただでさえ引っ込み気味の思案のお子であったのに、おのれの名前を言うたびに更に奥に引っ込んでいる子。はきはきしなさい、という叱咤の格好の標的である。
親にそういうのを言われたことはあんまりない(気がする)、でも誰か大人に言われた記憶だけがうっすらある。それとも、自分が内側に引っ込みすぎて、そう言われるのではないかと妄想していただけだったのか? 今となっては不明。

 

ちなみに大人になった今でも、言いづらいなと感じる。喉を一段たかくして、空気にかみつくように一息に言い切るのがこつと、最近判明してきたところ。